は国民歓呼の間に憲法発布せられ、其の翌年には待ち設けたる初期の議会は召集せられたりき。是れ豈驚く可き速力を示せる成功に非ずや。彼れは此の成功の分配者として最大なる人物なり。彼れは他の如何なる政治家よりも、此の第一期の時代事業に貢献したる功労多きは、争ふ可からざる事実なり。伊藤侯は憲法立案者の名誉を独擅し得可し、然れども此の名誉は、板垣伯が国民的運動の首領として根気よく国会論を継続したる賜のみ。故に伊藤侯が故陸奥伯の献策を納れて、彼れの率いたる旧自由党と提携せむとするや、先づ彼れと会合し、徐ろに説て曰く、足下は国会開設の主動者なり、我輩は憲法の立案者なり、乃ち立憲政治の美を済すの責任は、懸つて足下と我輩との双肩に在らずやと。是れ一時人を欺くの甘言たるに過ぎずと雖も、事実は之れを真理として承認せざる可からず。彼れは日本憲政史上に永久磨滅す可からざる千古の格言を留めぬ。如何に其の沈痛にして天来の音響を帯びたるかを記臆せよ、曰く板垣死すとも自由は死せずと、是れ実に国民的運動の大精神を代表したるものに非ずして何ぞや。彼れの名は此の格言に依て万世に感謝せらる可し。たとひ岐阜の遭難に死したりしとも、
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