所は、伯が清濁併せ呑むの大度と、群情を駕御するの術との間に重力法を応用すること周到ならざるの迹あること是れなり。蓋し伯は自信強きが故に、如何なる人物をも包容して其の材料を尽さしめむとし、且つ如何なる不平の声も之れを鎮撫するに於て多くの苦心を要せずとするの風あり。概言せば伯の人格は、円満といふよりは寧ろ多面といふべく、完美といふよりは寧ろ偉大といふべく、而して其の本領は、目前の成敗を顧みずして、我が為さむとする所を為すの男性的活動に在り。
 陸奥伯の人格は、大隈伯と自ら別種の模型を有せり。伯は神経質の才子にして、若し伯より野心と覇気とを除かば、或は詩人文学者の質に近かきやも知るべからず、伯は天才の詩人に見るが如き鋭敏特絶なる直覚力を有し、又泰西著名の文学者に見る如き深刻なる観察眼を有せり。然れども此の直覚力と観察眼とは、伯の野心及び覇気と抱合して、聡明自ら恃むの政治家を鋳造したりき。伯は人の隠微を読み、敵の弱点を指し、世の情偽を察し、事の利害を断し、理の是非、機の先後を判ずるに於て、電光の暗室を照らすが如し。唯だ伯は聡明自ら恃むが故に毫も衆俗を送迎して人望を収めむとすることなく、衆俗も亦
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