らしき政治的日本を建設せむが為に政党を組織したることゝ、学問の独立を謀らむが為に、官学に対抗すべき私学を興したること是れなり。板垣伯は亦政党を組織したるによりて、明治時代の一代表的人物となりき。福沢翁は亦曾て私学を興したるによりて、不朽の紀念を文化事業に遺したりき。今ま大隈伯の能く一人にして板垣伯及び福沢翁の為したるものを兼済したるを見るものは、誰れか伯を近世の偉人と称するに反対するものあらむや。且つ夫れ板垣伯は、始めて自由党を組織するに方てや、其の名望勢力実に一時を曠うするの概ありしも、年所を経るに従つて漸く尾大不掉の状を示し、終に殆ど国民の記憶より遠ざかりて、杳然聞ゆるなきの末路に立てり。之れを大隈伯が、久しく政権と近接せざるに拘らず、常に夫の終始順境を来往する伊藤山県両公と盛名を※[#「にんべん+牟」、第3水準1−14−22]うし、既に政党の総理を辞任したる後すらも、尚ほ且つ生気溌溂たる政治家たるを失はざるに比すれば、其の差果して奈何と為すや。是れ現在の大事実なり。何人も之を抹殺すべからず、又之れを顛倒するを得べからず。更に他の一大事実を注視せよ、是れ一層明白にして且つ永続性を有
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