想に進境なきが為なり。而して国民の政治思想は、単に一般教育の力のみに依て之れを発達せしむべきに非ず、別に偉人の人格より発動する感化力に待つもの多し。伯にして若し狭隘なる一政党の範囲を脱して自由の地歩を占め、政府の元勲たる伊藤侯と相対し、国民の元勲として党派以外に活動の余地を求めば、伯の大なる人格は、必らず国民全体を指導するの明星たらむ。是れ伯の晩節を善くするの道なり。(四十年二月)

     大隈伯と故陸奥伯

 十二月十日及び二十四日に於て、余は無限の興味と大なる敬意とを以て二個の盛典を見たり。一は早稲田大学の学園に挙行せられたる大隈伯の銅像除幕式にして、一は外務省構内に挙行せられたる故陸奥伯の其れなり。大隈伯は現在の人にして、且つ若干の未来を有し、陸奥伯は過去の人にして、其の伝記は十年以前に終結せり。然れども偉人傑士は、千古尚ほ毀誉褒貶の定らざる半面を存すると共に、他の半面の妍醜は、寧ろ其の触接したる同時代の国民に審判せらるゝを適当とするの理由なきにあらず。余は此の理由に於て、両伯に関する少許の智識を語らむとす。
 大隈伯の公生涯に於て、其の歴史的価値の最も大なる部分二つあり。新
前へ 次へ
全350ページ中116ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鳥谷部 春汀 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング