侯が政友会を発起するや、窃に親近なる都下の実業家に内意を伝へて有楽会の会合を催ふさしめたり。伯は自ら此会席に列して政友会の代弁人と為りたりき。而して其の勧告の切偲を尽くしたるに拘らず、雨宮一派の相場師を除くの外、多数の実業家は孰れも申し合せたる如く、其の入会を辞謝したりき。蓋し彼等は必ずしも政治と実業との関係密切なる所以を解せざるに非ずと雖も、日本の政党界には尚ほ多くの欠点あり。特に党争の結果個人的取引及び個人的交際までも其の余累を及ぼすの弊害あるを見るに於て、未だ政友会の進行を検するに及ばずして、軽ろ/″\しく之に入会するは、思慮ある実業家の為さざる所なり。且つ入会勧告者たる井上伯は、自身先づ政友会に入りて而る後他人の入会を勧告す可き筈なるに、現に政友会の名簿中には伯の記名なくして、反つて他人の之れに記名せむことを望むは、頗る虫の善き話なり。天下豈斯くの如き勝手気儘の事ある可けんや。
* * * * * * *
之れを要するに、立憲政友会は、資望当世に比なき伊藤侯の発起に係れると、其の朝野に亘りて比較的多数の政友を有すると、其の主要の目的実に既成政党の陋弊を刷新するに在るとに依りて、頗る一時の人心に投ずるものありと雖も、其の団体の大幹部は、最も腐敗を極めたる旧自由党たるを見るに於て、其の果して能く伊藤侯の理想を実行するを得可きや否やは、暫らく政治的設題として之れを後日の解答者に待たむのみ。(三十三年十月)
第四次の伊藤内閣
(上)伊藤侯と憲政
幸運なる伊藤侯は、政治上最も多望なる時代に於て第四次内閣を組織せり。顧ふに侯の出づるや、常に時代に歓迎せらる。而も其の末路は、常に失敗に終る。知らず、第四次内閣の進行は如何。是れ実に、政治家たる伊藤侯の死活問題なり。若し能く国民の冀望を満足せしむるの施設あらむか、既徃幾多の失敗は、之を償ふて余りあるのみならず、侯は明治年間第一流の政治家として、永く歴史上の大人物たるを得可し。若し之れに反して万一失敗せむか、侯は到底虚名の政治家たるを免がる可からず。
薩長元勲にして内閣総理大臣たりしものは、侯を外にして故黒田伯あり、松方伯あり、山県侯あり。されど黒田伯は唯だ一囘内閣を組織したるのみにて、而も極めて短命なる内閣なりき。松方伯と山県侯とは、内閣を組織したること前後各二囘なりしも、之れを伊藤侯に比すれば、共に人気ある総理大臣たるを得ざりき。伊藤侯の内閣を組織するや、最初は常に天下に歓迎せられて、最後は常に国民を失望せしむ。侯が明治十八年自ら総理大臣と為りて第一次の内閣を組織するや、始めて政綱を発表し、官制を改革し、文官任用令を設け、天下をして斉しく其の風采を想望せしめたりき。而も其の辞令の立派なる割合には実際に成功したる事績甚だ少かりしのみならず、繁文縟礼の弊反つて此間に生じたり。加ふるに浮泛なる欧化政略は、内治外交の両面に救ふ可からざる壊膿を生じて、遂に内閣の瓦解を見るに至りき。第二次内閣は、選挙干渉に失敗したる松方内閣の後に組織せられ、山県、黒田、井上、大山、仁礼の薩長元老も相携へて入閣したれば、世間之れを称して元勲内閣といひたりき。侯は意気軒昂我れ能く政党の外に超然として議会を操縦するを得可しと信じたるに拘らず、議会は寧ろ侯の行動を非立憲的と為して、荐りに不信任動議を提出したりき。一たびは和衷協同の勅諭を奏請したりき。二たびは議会の解散を断行したりき。而も議会は容易に武装を解くを肯んぜずして依然内閣の攻撃を事としたりき。此にて侯は超然主義の到底保持す可からざるを自覚し、自由党と提携して内閣組織に多少の変更を加へたりと雖も、其の姑息※[#「糸+彌」、15−下−6]縫の政策手段は、漸く内閣の統一を破りて内部より崩壊したりき。
第三次の内閣組織に際しては、侯は初め之を大隈板垣両伯に謀りて、所謂る三角同盟を作らむと試みたりき。其の行はれざるに及で、一切政党との交渉を避けて超然内閣を組織したりしは、其の無謀固より論ずるに足らず。是れ半歳ならずして内閣総辞職の止む可からざりし所以なり。されど侯は此の失敗に依りて其の政治思想に一大発展を為したり。乃ち今日政友会を組織して自ら政党の首領と為り、其党員を率いて此に第四次内閣を組織したるは、是れ安んぞ超然主義の失敗に原本せざるなきを知らむや。侯は大隈伯に比すれば、独自一己の識見に欠くる所あり。大隈伯は明治十四年改進党を組織してより、飽くまで政党内閣を主張し、且つ其の主張の早晩実行せらる可き時機あるを確信して、毫も疑はざりしに反して、侯は政党内閣の運命に対して近年まで半信半疑の間に彷徨したりき。今や侯は政党内閣を組織して、憲政の完成を以て自ら任とせり。而かも今日は侯の実力を試験するに最も適当なる時代なるを
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