物であるから、一旦或る動機に刺激せられて其の良心に発火するに於ては、自己の身が焼け尽くるまで燃ゆるのである。翁は消極的に善を行ふよりは、寧ろ積極的に悪と戦ふのである。
 ※[#丸中黒、1−3−26]斯る個人性を有する人物は、たとひ何一つの建設した事業がなくとも、人生に深い印象を与ふるの力を持つて居るものだ。而して此の印象は容易に消ゆるものでない。
 ※[#丸中黒、1−3−26]講談浪花節の好題目となるのは、此の類の人物で、能く歴史的豪傑と雁行して人口に膾炙することが出来るのである。而して其の群衆に及ぼす感化力は、歴史家に依て伝へらるゝ人物よりも講談師や浪花節語りに依て伝へらるゝ人物の方が強いやうである。
 ※[#丸中黒、1−3−26]講談師若くは浪花節語りの口頭では、伊藤侯も田中翁も、人物に於て大した違ひがなくなるだらう。口碑的豪傑の価値は茲に在りといふべしだ。(四十一年六月)



底本:「明治文学全集 92 明治人物論集」筑摩書房
   1970(昭和45)年5月30日初版第1刷発行
   1984(昭和59)年2月20日第4刷
底本の親本:「春汀全集 第一卷」博文館
   1909(明治42)年6月
入力:Nana ohbe
校正:川山隆
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。
※圏点と傍線に関する注記は、省きました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
2008年1月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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