、其全党を圧するの資望あるものなし※[#白ゴマ、1−3−29]近衛公は固より最良の政党首領に非ざる可し※[#白ゴマ、1−3−29]さりながら星亨にして、犬養毅にして、将た末松謙澄にして、政党の首領たるを得可くむば、公は更に彼等よりも大なる首領たるを得可きに非ずや。
 公若し既成政党に入るを利あらずとして別に一政党を組織せば如何※[#白ゴマ、1−3−29]是れ亦面白し※[#白ゴマ、1−3−29]既成政党の孰れにも関係なき中立派は喜むで公を迎ふるのみならず、既成政党の腐敗に厭き果てたる健全なる同志者は、亦必らず響応して起たむ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ伊藤侯の曾て計画して未だ実行せざるもの※[#白ゴマ、1−3−29]公乃ち今日伊藤侯の未だ実行せざるものを実行する、亦妙ならずとせむや。
 帰朝したる近衛公は、政治上の未定数なりと雖も、其一挙一動は、少なからざる注意を以て国民に属目せらる※[#白ゴマ、1−3−29]余は公が当に如何なる態度を以て其新運動を開始す可き乎を観むとす。(三十二年十二月)

     故近衛公を追憶す

      近衛公と政党内閣
 故近衛公は、最も多望なる未来の人なりき。不幸にして、一朝病の為めに過去の人となり、国家は之れによりて柱石たるべき偉材を失ひ、貴族は之れによりて好個の首領を失ひ、国民は之れによりて又た一代の儀表たるべき人物を失ひたり。余は公の知を辱うする茲に十有余年、其の間屡ば公に謁して、公の指導を受けたるもの頗る多く、今にして之れを追懐すれば、音容尚ほ厳として目に在るが如きを覚ゆ。嗟乎公薨ずるの日、享年僅に四十有二、識量漸く長じ、威望次第に高きを加へむとするの時に方り、空しく雄志を齎らして永久の眠に就く。人生の恨事寧ろ是れに過ぐるものあらむや。
 余が始めて公と相識りしは、明治二十七年二月中旬なりき。当時余は毎日新聞の一記者たりしを以て、主筆島田三郎君は、特に翰を裁して余を公に紹介し呉れたりき。余の公を訪問したる際は、公は貴族院に於ける硬派の領袖として、第二次伊藤内閣に対する隠然たる一敵国たりき。蓋し公は伊藤内閣が第五期議会を解散したるを以て、非立憲的動作と為し、貴族院議員三十七名と連署して、忠告書を伊藤首相に与へ、首相の復書に接するや、更に復書弁妄と題する一文を草し、機関雑誌『精神』の号外として之れを発表したりき。其の論旨侃諤、首相の無責任を攻撃して毫も仮藉する所なきの故を以て、在野の党人は自然に公と相接近すると共に、伊藤内閣は公を認めて侮るべからざるの強敵と為せり。然れども余の始めて見たる近衛公は、極めて平允端懿なる貴公子なりき。其の言動は固より尋常※[#「糸+丸」、第3水準1−89−90]袴者流と同じからずと雖も、漫に気を負ひ争を好むの士に非ずして、極めて真面目なる、極めて沈着なる政治家なりき。
 尋で第六議会復た解散せらるゝや、公は再び非解散意見と題するものを『精神』の号外として発表し、公然伊藤内閣に宣戦状を贈りたり。其の末文に言へるあり、曰く要するに伊藤内閣の信任し難き事実は、天下の耳目に彰々として現はれ来れり。而して解散の結果として、将に来るべき総選挙の紛擾は国民の心を痛ましめ、国民の財力を費さしむること極めて大ならむとす。想ふに現内閣の言動は、今後依然として今日の如くならむ。今日の言動を以て国民の信任を全うせむと望むが如きは、断※[#「さんずい+(広−广)」、第3水準1−87−13]に棹して海洋に浮ぶの目的を達せむとするに均し。国民は斯る内閣の言動を是認せざるべし。既に現内閣の言動を是認せずとせば、則ち現内閣の言動に反対し、死活を争ひたる諸代議士の再選を勉めざる可からず。我愛国忠君の赤誠に富める国民にして、再三再四同一の方針を取りて動かず、同一主義の代議士を議会に送らば、輿論の光輝は、当に天※[#「門<昏」、第3水準1−93−52]に達するの期遠きにあらざるべし。国民たるもの赤誠を以て其の歩を進めざるべからず。篤麿駑たりと雖も、与に共に勇奮以て諸士の同伴侶たらむと欲す。諸士請ふ手を携へて往かむ哉と。此の時に当り、伊藤内閣の公等一派を憎むこと絶頂に達し、同族中公の言動を議するもの亦少なからざりしに拘らず、公は能く私情に忍びて公義に殉ずるの態度を維持したりき。
 公は曾て独逸に留学して、頗るスタインの国家主義に私淑する所多しと雖も、其の立憲政治に関する思想の傾向は、大体に於て英国的なり。故に初期議会以来常に藩閥内閣に反対して政党内閣の本義を主張したりき。然れども公の政党内閣論は、夫の政権争奪を目的とせる党派政治家と大に其の見地を異にせり。公の政党内閣を主張するは、之を措て憲政の運用を円滑ならしむるの道なしと信ずるが為めのみ。故に徒らに政権の争奪を事とする政党は、公の断じて与みせざる
前へ 次へ
全88ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鳥谷部 春汀 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング