華族の改革者として最も力を此に致たしつゝあるは、亦世間の均しく認むる所なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが曾て華族の腐敗を国家学会に痛論するや、一部の華族は彼れを咎めて華族を侮辱したりと為し、太甚しきは彼れを以て華族中の壮士と為すものありき※[#白ゴマ、1−3−29]然り、其言稍々矯激に過ぐるものなきに非ざりしと雖も、華族の腐敗は天下の公認にして、独り彼れ一人の私言に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ豈好むで同族の醜事を暴露するものならむや※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ以為らく、華族の腐敗今日の如くむば、啻に皇室の藩屏たる能はざるのみならず、延て或は皇室の威厳を傷け奉るの虞なきを得ず※[#白ゴマ、1−3−29]是れ華族改革の到底已む可からざる所以なりと※[#白ゴマ、1−3−29]苟も貴族院に於ける華族の行動を目撃するものは、誰れか窃に華族の前途を憂へざるものあらむや※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ時の内閣に忠勤を励むを以て華族の本分なりと誤想し、俗吏の頤使を受けて、犬馬の労を執るものあるに至て、華族の体面幾ど地に墜ちたりと謂ふ可し※[#白ゴマ、1−3−29]此くの如き華族にして安ぞ能く皇室の藩屏たるを得むや※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼れが熱心なる華族改革論者たる所以なり※[#白ゴマ、1−3−29]然れども彼れは現代華族の終に済ふ可からざるを知る※[#白ゴマ、1−3−29]故に自ら進で学習院に長と為り、以て華族の子弟を教育し、以て第二代の華族を作らむと欲するのみ※[#白ゴマ、1−3−29]自任の高きものに非ずして何ぞや。
謹慎の人
昔者孔明、漢後主に上表して曰く、先帝臣が謹慎なるを知る、故に臣に託するに大事を以てせりと※[#白ゴマ、1−3−29]藤田東湖評して曰く、謹慎の二字実に孔明の人物を悉くせりと※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ社稷の名臣は多く謹慎の人なり※[#白ゴマ、1−3−29]謹慎の人に非ずむば決して天下の大事を託す可からず※[#白ゴマ、1−3−29]顧ふに近衛公を知らざるものは其言動の往々矯激に失するあるを以て、或は誤りて不覊粗放の人物と認むるものなきに非ず、然れども彼れは本来謹慎にして責任を重むずること人に過ぐ※[#白ゴマ、1−3−29]其謹慎なる点に於て、彼は酷だ故三条公に類するものあり※[#白ゴマ、1−3−29]唯だ三条公の女性的気象なるに反して、彼は男性的気象を以て其謹慎の天分を包めるを異りとするのみ※[#白ゴマ、1−3−29]則ち彼は三条岩倉二公を調和したる資質を具へ、徳量は三条公の体を得て、沈勇は岩倉公の血を受けたり。
主義の人
彼れ前年独逸大学に在るや、其卒業論文として責任内閣論を草し、以て名誉ある学位を受けたり※[#白ゴマ、1−3−29]人は曰く、責任内閣は近衛公の初恋なり※[#白ゴマ、1−3−29]故に終生志を渝へざる可しと※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが初期議会以来、常に責任内閣、藩閥打破を主張して、所謂る貴族院に於ける硬派の首領たるは、即ち其初志を貫徹せむとするが為めのみ、彼れが其平生師父の礼を以て待てる伊藤侯と政敵たるを辞せざるも、亦此れが為めのみ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが衆議院の非藩閥派と屡々提携して、其運動を倶にするの迹あるも、亦此れが為めのみ※[#白ゴマ、1−3−29]故に彼れは伊藤侯の一派に敵視せられ、大隈伯の一派に多くの政友を有すと雖も、是れ唯だ政見の異同より来れる結果のみ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは決して大隈派に非ざるのみならず、大隈派の盛んに伊藤攻撃を事としたるの時は、彼れは未だ大隈伯に一面識すらなきの日なりき※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは主義の為めに伊藤侯と争ひたるも、曾て党派的感情の為めに其去就を定めたることはあらじ。
華族社会の好一対
近衛公と西園寺侯とは華族社会の好一対なり、近衛公は現に貴族院議長たり、西園寺侯も亦曾て貴族院に副議長たりき※[#白ゴマ、1−3−29]西園寺侯は現に伊藤内閣の文部大臣たり、近衛公も亦曾て松方内閣より文部大臣を擬せられたりき※[#白ゴマ、1−3−29]近衛公は久しき以前より機関雑誌を発行して、今も尚ほ現に之れを所有せり、西園寺侯も亦前年曾て一新聞を発行して自ら之れが記者たることありき※[#白ゴマ、1−3−29]其位地境遇何ぞ太だ相似たるや。
特に近衛公の独逸学に於ける、西園寺侯の仏蘭西学に於ける、其素養以て相敵するに足り、近衛公の国家主義に於ける、西園寺侯の世界主義に於ける、其思想以て相争ふに足る※[#白ゴマ、1−3−29]而して其名望よりいへば、西園寺侯遠く近衛公に及ばざるは独り何ぞや※[#白ゴマ、1−3−29]嗚呼是れ才の優劣に非ずして、又徳の高下に由るに非ず
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