首領は、何時其の廃黜する所と為るを知る可からず。苟も一たび侯の指導行はれざる場合と為れば、侯は板垣伯と同一運命に遭遇するか、然らざれば自ら脱党の挙に出でざる可からず。主権自由党に存すればなり。第五旧自由党の政綱主義及び組織は、総べて侯の理想と合致せず。之れを改造せむとすれば、其の全部を破壊せざる可からず。寧ろ新政党を創立するの便宜なるに如かむや。是れ侯が旧自由党に入るを避けて、別に立憲政友会を発起したる所以なり。
 侯が新政党を組織するに付ては、頗る経営惨憺の苦心を費やし、之れに着手するの前、先づ藩閥元老の承認を求むるの手段を執りたり。井上伯は政治上の主義に於てよりも、寧ろ私交上の関係に於て伊藤侯の政党組織に同情を表し、以て一種の任侠的援助を侯に与へたりと雖も、他の藩閥元老は、中心実に侯の政党組織を喜ばざりしに拘らず、猶ほ強て之れを表面より妨害したるものなかりしが如し。葢し藩閥元老の意気漸く衰へて、復た自ら今後の難局に当らむとするの抱負あるものなく、而して現に内閣の首相たる山県侯の如きも、最近二年間の経験に依りて、到底政党の勢力を無視する能はざるの趨勢を認識したれば、たとひ憲法上の解釈に於て多少伊藤侯と見を異にするものあるも、敢て成敗を賭して自家の所信を徹底せむとするの勇気ありとも見えず。是れ終に伊藤侯の政党組織を承認せざるを得ざる所以なり。侯は又旧自由党の熱心なる主張を排し、故らに党名を採らずして会名を用いたるは、識者より見れば、殆ど児戯に類すと雖も、是れ一は党と称すれば自由党の変名なるが如き嫌あると、一は全く既成政党の組織を踏襲するを欲せざる為なる可し、其の宣言及綱領を発表するに侯の単名を以てして、何人をも之れに加へざるは、是れ侯の最も意を用いたる所にして、其の理由は次の二点に帰着すべし。曰く立憲政友会は伊藤侯の創立したるものなれば、其の存廃を決するは伊藤侯の自由意思にして、何人も之れを掣肘するを得可からず。曰く宣言及び綱領は侯の単意に成りたるものなれば、之れを修正変更するは侯の独裁たる可く、随つて立憲政友会に入るものは徹頭徹尾侯に盲従し、何人も侯に容喙するを許さゞる是れなり。此の推測の正当なるは、政友会発会式の日に発表したる会則を一読せば更に明白なり。其の会則に拠れば、総務委員幹事長以下の選任より、大会、議員総会等の召集まで、一切総裁の権能に属すること、恰も文武百官の任命乃至議院の召集解散等、総て君主の大権に属するが如し。而して其の総裁の就任に関して何等の規定なきを以て、立憲政友会の総裁は固より一般政党の推選首領と其の性質を異にせり。要するに総裁は立憲政友会の主体にして、其の機関には非ず。換言せば伊藤侯の立憲政友会に総裁たるは、猶ほ専制国に君臨せる元首の如く、其の権能は絶対にして無限なり、一般の政党首領は、亦党の一機関たるに過ぎざるを以て、先づ政党ありて而る後に首領あれども、独り立憲政友会に在ては、総裁は即ち立憲政友会にして、立憲政友会ありて而る後に総裁あるに非ず。報知記者伊藤侯を評して、日本政党界のルイ十四世といひたるもの誠に当れり。
 自由党は立憲政友会に合同すと称して解党したり。既に合同といへば立憲政友会は対等なる位地に於て自由党を迎へざる可からず。而も立憲政友会の組織は、個人の加入を許すと雖も、対等なる団体の合同を許さず。則ち旧自由党が自ら合同と称すと雖も、立憲政友会に於ては、唯だ旧自由党員たりし各個人の加入を認むるのみ。顧ふに政友会の最大多数は旧自由党員たるを見るに於いて、事実上政友会の大幹部は随つて旧自由党たる可きは無論なり。されど伊藤侯の意思は即ち政友会の意思にして、旧自由党は之れに柔順なる服従を表するの外、何等の意思もなき勢力もなきものなりと認めざる可からず。伊藤侯が単名を以て政友会を組織するに付て用意の周到なる実に斯の如きものあり。

      (二)宣言及綱領
 伊藤侯の発表したる宣言の大要は、既成政党の言動を論じて、或は憲法の原則と相扞挌するの病に陥りたりと為し、或は国務を以て党派の私に殉ずるの弊を致すと為し、或は宇内の大勢に対する維新の宏謨と相容れざるの陋を形したりと為せり。是れ旧自由党の言動に就て特に戒飭したる意もある可く、将た他の党派に対して非難を加へたる点もある可し。旧自由党が之れを以て毫も自由党に渉らずと弁じ、百方牽強附会の辞を費やしたる報告を配布したるは、唯だ滑稽の極といはむのみ。宣言の内容は三段に分つ可し。其の一は閣臣任免の本義を説き、其の二は政党の国家に対する関係を説き、其の三は政党の規律を説けり。閣臣任免の本義に付ては曰く、抑も閣臣の任免は憲法上の大権に属し、其簡抜択用、或は政党員よりし、或は党外の士を以てす、皆元首の自由意思に存す。而して其の已に挙げられて輔弼の職に就き、献替の
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