るべし。(四十一年一月)
活動したる河野広中
△河野広中の奉答文事件は、一時疑問の中心と為つて、是れには黒幕があるの、進歩党の策略だのと、いろ/\揣摩憶測をするものがあつたが、追々事実が挙がるに従つて、黒幕の仕事でも何でもない、河野一己の脳中から生れた趣向であつたことが分明《わか》るやうになつた。
△兎角政治社会には、政略とか利害とかいふものがあつて、総ての観察が色眼鏡を通して来るから、動もすると事実を曲解する傾があつて困まる。河野のやうな自ら欺くことの出来ない男が自分に何等の信念もないのに、唯だ策士の入智恵でアンな際どい芝居が演られるものでない。又た河野は正直だからといつて、一から十まで人の御先に遣はれる役目と極まつて居る道理もない。ソンな河野なら、福島事件の張本と為つて、七年も八年も監獄の飯を食ふやうな陰謀を企てない。
△奉答文事件は、河野本来の面目を遺憾なく発揮したものである。
△一体当世の策士といふ奴は、陰険だの狡猾だのといつても、其の策略は大抵常識から割り出したもので、万朝報の宝探しよりはモソツと判り易いやうに仕組まれて居る。河野は策士といはれる方でないから、所謂る策略といふやうなことは出来ぬかも知れない。併し策士の思ひも寄らぬ非常の決断は、河野の如き真面目の人物に見出ださるゝことが多い。
△常識から見れば、河野の奉答文私製は、到底正当の処為と認め難い。英国の議会では、勅語奉答は直に内閣の不信任案となることがあつて、其の討議の為に二日も三日も朝野の論戦を続ける慣例であるが、我国の議会では、勅語奉答は唯だ至尊に敬意を表する儀式的奏文とする慣例で、政治上の意味を含ませないことになつて居る。此の慣例は永久変更が相成らぬという訳でもないから、変更する必要と機会があらば、之れを変更しても一向差支がない。併しソレをするには適当の方法手続に依らざるべからずだ、然るに河野は適当の方法手続に依らずして、独断を以て従来の慣例を破つた。
△凡そ閣臣の失政を弾劾するのは、憲法より与へられたる議院の権能であるけれども、討論を用いずに之れを決することは出来ない。又た之れを討論に附するには、議院法の規定に依て議員より発議せしむるを要するのである。
△河野の朗読したる勅語奉答文は、形式上討論に附した姿になつて居るが、実際は討論を用いずに可決したのである。否討論が出来ないやうに仕向けたといつても宜しいと考へる。内閣の弾劾上奏案とも見るべきほどのものを、議長の勝手で拵らへて、議長の単意で提出して、討論の準備なき議院に可否を問ふといふ法はない。ソンな大切な問題を夢中に拍手して通過せしめ、後で大騒ぎを遣らかした議員も議員だが、其議員に不意打を喰はした河野議長の処為も、决して正当とは謂はれない。
△内政は弥縫を事とし、外交は機宜を失すといへる奉答文中の文字は、或は衆議院多数の意向を表現したものかも知れない。併し討論なしに之を可決しては、其文字は全く無意義の空文字となるのである。又た理由を説明せずに斯る上奏文を捧呈するのは、陛下に対する敬礼を欠て居ると思ふ。
△熟ら/\開会以前の形勢を見るに、政友会と憲政本党とは相聯合して内閣に当らうといふ攻撃同盟が成立つたのであるから、議事の進行次第で、閣員弾劾の上奏案が現はるゝのであつたかも知れない。併しソレにしても、十分当局者に質問をしたり、説明を求めたりして、其の上で正々堂々たる討論をも悉くし、今度こそは大に内閣の油を搾つて遣らうといふのは、聯合党領袖株の心算であつたらしい。ソレデ河野が若し聯合党の為に謀つたならば、彼れは独断でアのやうな奉答文を朗読する事は出来ぬ筈である。大石正巳は河野議長の処為を非常に喜むで居つたさうだが、ソレハ一時の感興に打たれたからであつて深く考へて見たら決して喜ぶべき訳のものでない。
△如何に目的が正しくても、手段が正しくなくては憲政を円満に発達せしむることが出来ない。少々は目的が間違つて居ても、之れを達するの手段が正しければ天下の同情を得ることがある。かるがゆゑに、政治家の苦心は、どうしたら手段が正しく見えるだらうと工夫することであつて、所謂る策士といふ奴は、目的は兎も角も手段を正しく見せ掛けるやうに仕組むのが巧みである。河野の今囘の遣り口は、全く之れとは反対であるから、たとひ河野自身では俯仰天地に恥ぢざる積りでも、世間では陰険悖戻の策略を用いたものゝやうに彼れを非難するのである。
△河野自から語る所では、奉答文を政治上の意義あるものとするのは、彼れの年来の持論で、彼れは議長の候補者に推された時、『若し当選して議長の椅子に就くことゝなつたら、此の持論を実行して見ようと決心した』さうだ。是れは真実の自白に相違ない。要するに朝野を驚かした奉答文も、唯だ此の単純なる
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