日は孰れの政党も絶対的多数を有するものなし、現内閣にしてたとひ総辞職を為すことあるも、之れに代りて内閣を組織し得るの準備ある政党は一も之れあることなし、内閣は遽かに更迭せしむ可からず、又更迭せしむるの必要なしと、我輩請ふ其の俗論たる所以を解説せむ。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]三十※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、凡そ立憲国の内閣に貴ぶ所は、唯だ其の存立の長期なるに在ずして、其の施設の多く且大なるに在り、長期の内閣と雖も、其の施設毫も観る可きものなくば、則ち短期の内閣と又何の撰む所ぞ、故に我輩は寧ろ能力ある内閣を望みて、単に長期なる内閣を望まず、何となれば能力ある内閣は、たとひ短期にして斃るゝことあるも、尚ほ能く光輝ある成績を留むるを得るに反して、能力なき内閣は、たとひ長期の存立を保つことあるも、決して国家に多大の貢献を為すこと能はざればなり、况むや長期の内閣は反つて政治上の罪悪を作ること古今其の例に乏しからざるに於てをや。
 相公閣下、閣下の内閣は、議会開設以来最も長期の内閣にして、又議会開設以来最も無能力の内閣と称せらる、顧ふに閣員悉く無能無力なるに非ず、中には多智多才の人物ありと雖も内閣の基礎頗る薄弱にして内は統一の形全く破れて行政機関の作用大に頽廃し、外は野心ある政治家若くは党与の為に牽制せられて、曾て自由手腕を揮ふ能はず、而して閣下は強て内閣を維持せむとして、没主義没政見の行動を事とするの外、復た何等の顕著なる成績を挙げたるものなし、閣下の内閣を評するものは曰く現内閣の長期なる所以は、唯だ其の無能無力なるが為めのみ、能力ある内閣は、彼れが如き姑息にして活動せざる長期の舞台に耐へざるなりと、言稍々苛刻なりと雖も、亦半面の真理を道破したるものなり、斯る不名誉なる内閣を維持するは、啻に閣下の利益ならざるのみならず、又決して国家の利益に非ず、閣下乃ち今に於て断然闕下に伏して骸骨を乞ひ、以て国家の為めに賢路を開くは是れ豈閣下有終の美を成す所以に非ずや。
 閣下にして苟も内閣の総辞職を奏請せば、陛下は更に他の有力なる政治家をして新内閣を組織せしめ給ふ可し、而して次に来る可き内閣は其の必然の組織として政党を基礎とするものたる可く、其の内閣にして議会に多数を占むる能はずむば、多数を議会に占むる内閣を見るまで幾囘更迭するも亦可なり、是れ立憲政治の発達史上殆ど免がる可からざるの経過なり、さりながら我輩の見る所に依れば、政党内閣を今日に建設するは敢て難事に非ず、必ずしも絶対的多数の大政党出づるの後を俟たざるなり、今一人の有力なる政治家ありて、純然たる政党内閣を建設せよ、絶対的多数の大政党は、必らず此れと同時に出現せむ、要は斯る英断ある政治家の自ら起つに在り、今の政治家動もすれば絶対的多数の大政党なきを以て政党内閣組織の最大要件を欠けるものといふと雖も、是れ取るに足らざる俗論のみ、蓋し絶対的多数の大政党は、自ら行政権を把握するの冀望あるに於て始めて出現す可し、単に立法部たる議会に於て絶対的多数の大政党出現せむことを期するは、是れ猶ほ搭載す可き船舶なくして、漫に貨物を港湾に集めむとするが如し、若し真に政党を基礎とするの内閣を組織する政治家あれば、主義政見の異同に依りて天下必らず二大政党に分かれむ、二大政党に分かれざれば、政党終に行政権を把握するの時期なければなり、是れ我輩が朝野の政治家に向て大に警告せむとする所なり。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]三十一※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、既に政党内閣の已む可からざるを認識するときは、宜しく此の大勢を利導して円滑なる変局を謀る可し、宜しく漫に此の大勢に逆抗して立憲政治の発達を阻碍す可からず、是れ朝野の政治家が国家に負ふ所の責任に非ずして何ぞや、閣下にして自ら之れを為さむとせば則ち之れを為すも亦可なり、苟くも之れを為すこと能はずむば、寧ろ他の政治家をして之れを為し得可からしむるの疏通手段を取るに如かず、而も前者は閣下の境遇及び本領の許さゞる所たるに於て我輩は閣下に望むに、断然後者の挙に出づるの一大決心を以てせむと欲す、之れを為すこと極めて容易なり、唯だ内閣より退引する即ち是れのみ。
 相公閣下、今の政党内閣を難しとするものは、往々辞を絶対的多数の政党なきに藉ると雖も、実は政党内閣に反対して藩閥内閣を維持せむとする頑夢者流の俗論にして、彼等は中心実に政党の支離滅裂して徒らに議会に紛争するを喜ぶものなり、其国家の利害と人民の禍福とに付て、曾て意を致さゞるものたるは復た疑ふ可からず、夫れ今日の憂は絶対的多数の政党なきに在らずして、能く大勢を利導して政党内閣を建設するの一日も速かならざるに在り、伊藤侯にても善し、大隈伯にても善し
前へ 次へ
全88ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鳥谷部 春汀 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング