するの事実たらむのみ、我輩請ふ閣下の為めに少しく其理由を語らむ。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]七※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、我輩の見る所にては、第十四議会の如きは、我国議会有つて以来最も醜悪の議会なりと断言せざる可からず、我輩は単に九十三日の期間に於て殆ど其の三分二を休会したる故を以て、直に当期議会を怠慢の議会なりと論ずるものに非ず、是れ最初より政府に盲従するを目的としたる議会に於て亦当然の顕象なればなり、如何に盲従の暗号たる読会省略説の歓迎せられたるかを見よ、如何に盲従の伝令使たる恒松某が政府の為に重宝がられたるかを見よ、斯くの如くにして盲従相談の委員会は本会議の議事を奪ひ、斯くの如くにして政府の提案は大抵討論を用いずして通過せらる、則ち我輩は二億五千四百万余円の大予算を提出したる政府の大胆を不思議とも思はず、又此未曾有の巨額に対して、僅に軍事費に於て四十余万円を削減したる議会の柔順なるにも驚かざるなり。
 議者又当期議会が建議案の頗る多かりしを奇異の顕象なりといふ、然り貴族院に於て十二種、衆議院に於て七十二種の建議案を見たるは、実に初期議会以後の一大奇観たるに相違なし、特に政府が国庫の負担を増加するを憂へずして動もすれば漫然之れを迎合するの状ありし如き、固より常識あるものゝ判断に苦む所たり、さりながら其の原因は頗る単純にして、唯だ是れ議会の壊血症に罹りたる事実を表示する顕象なりといはむのみ、案ずるに此等の建議案中には間々国家的問題を含めるものなきに非ざれども、其の相争ふて提議したるものは、総じて政治的営利の黴菌に襲はれざるものなし、例へば利益分配の事情の為に或る党派の間に紛擾あり、以て一旦衆議院に於て否決せられたりし若松港築港問題の如き、最初は自由党の党議とまでなりたる鉄道国有法案が、中ごろ同一事情の為に除外例を主張する二十七人組を出だし、其の極遂に之れを委員会に握り潰ぶしたる如き、即ち明白に議会腐敗の事実を説明するものに非ずして何ぞや、且つ他の一方に於て、議員涜職法案が薄弱不明なる理由の下に否決せられたること、尾崎発言に関する事実調査の動議が空しく委員会に握り潰ぶされたるとは亦実は議会腐敗の反影なるを認識す可き一大顕象にして、凡そ斯る顕象を以て満たされたる議会が、国民の利害を顧念とせざる行動あるは又唯だ当然なりといはむのみ。
 相公閣下、閣下は二億五千四百万円の大予算を無難に通過したるを以て十分の欣栄とする所なる可し、政治的営利を事として国民の負担を増加するの建議案を提出する議会は、固より閣下の内閣が提出したる大予算に削減を加ふる理由はある可からず、閣下も亦寧ろ此の弱点を利用せむとしたり、故に国庫の負担を増加する建議案も勉めて之れを迎合し、以て財政上他日の破綻を見るを毫も意とせざるなり、而して是れ実に国家の為めに悲む可きの不幸なり。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]八※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、我輩は閣下の議院政略が、市価を有する多数の人頭を買収したる点に於て成功したるを認識す、而して累々たる多数の人頭は、金銭若くば、其他の利益を条件として、争ふて良心を売り、意見を売り、投票を売り、起立を売りたる政治的市場の取引に対し、敢て張胆明目して精厳なる道徳上の批評を加ふるは、我輩寧ろ其の徒爾に属するを知る、さりながら閣下にして自ら其の初心を点検せば、閣下は宜しく漫りに議院政略の成功に誇るべからず、閣下或は議会を盲従せしめたるを以て能く内閣の目的を達したりとせむ、而も事実をいへば閣下の議会に盲従したるもの亦少しとせず、試に閣下の為めに一二の実例を開示せむ。
 曩きに閣下が第十三議会に臨むや、財政計画の唯一基礎として地租率を百分の四に増加するの法案を衆議院に提出したりと、其意地租以外の財源を以て到底財政計画の基礎を鞏固ならしむるに足らずと為し、即ち他の零細なる歳入に求めずして、専ら地租増徴に依頼せむとするに在りき、然るに閣下の提携を約したる自由党が多く之れに反対するに及で、遂に最初の提案を一変して、五箇年期を条件とせる三分三厘説に折合ひ、以て僅に議会を通過するを得たり、之れを表面より見れば、単に四分案に対して七厘の減率を為したるに過ぎずと雖も、実は財政計画を根本より変更して議会の要求に盲従したるに外ならず、何となれば一定の年期を条件とせる課税法は、既に鞏固なる財政計画の目的と両立せざるのみならず、現に此の減率の結果として、別に歳入の補填を他の三税に求めたる如きは、明白に最初の計画を破壊したるものなればなり即ち定見ある政治家に在ては、斯くの如きは実に不面目の甚だしきものたるに拘らず閣下の内閣が淡然として毫も之れを恥とせざりしは何ぞや。
 若し夫れ第
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