治家たらむことを望むは、豈閣下の有終の美を成す所以ならむや。
相公閣下、人生の楽事は自己の天職に忠実なるに在り、閣下曾て日本のモルトケを以て自ら任じたりといふ、而もモルトケは軍人より起りて、軍人に終り、曾て其意を政治上の功名に動かされざりき、是軍事を以て自己の天職なりと信じたればなり、固より我輩は閣下が日本モルトケの自任ありといふを聞て、窃に其の抱負の盛大なるに敬服し、以て伊藤侯が日本ビスマークを自任する意気と併称して近代の双美たるを疑はずと雖も、但だ我輩は閣下が日本モルトケの自任ありて、而もモルトケの如く政治上の功名に淡泊ならざるを甚だ惜むのみ。
或は閣下が自治制度の創意者たりしを以て、閣下に亦た政治的能力ありといふ者あらむ、是れ必らず佞者の妖言にして、閣下は断じて之れに耳を借す可からず、案ずるに自治制度の実施は実に閣下の大功なり、我輩豈に其の大功を滅せむとするものならむや、さりながら政治は別才にして閣下の長所に非らざるは、閣下自から之れを知れり、自から其の長所に非らざるを知りて久さしく之れに干渉するは、恐らくは智見ある閣下の本意なりとも認む可からじ、見よ自治制度は、現に閣下の統督せる内閣の下に於いて、頗る壊敗したるが為に、之れを制定したる閣下の名誉に大なる損害を与へたるに非ずや、蓋し自治制度の壊敗は、一は之れを運用する地方自治体の腐敗にも由れど、之れが監督者たる行政官庁の職責を竭さゞるもの亦其の一大原因たり、而して閣下は啻に行政官庁の曠職を匡救する手段を取らざりしのみならず、又明かに其の手段にも乏しきの失体を現はしたり、此点に付ては、我輩更に後文に於て其事実を挙示す可しと雖も、要するに政治上の位地は、決して閣下の久しく居る可き所に非ず、閣下何ぞ早く之れを自覚して、将に来らむとする運命の危機より脱せざるや。
※[#始め二重括弧、1−2−54]四※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山県相公閣下、閣下頃ろ某貴族院議員に対して、余は政治上如何なる困難に遭遇するも、決して自ら骸骨を乞ふが如きの挙には出でず、既に第十四議会も幸ひに無事の通過を得たれば、余は来る第十五期及第十六期の議会までも此の内閣を持続して、百般の政務に改善を加ふる心算なりと語れるを伝ふるものあり、是れ之れを伝ふるものゝ妄に非ずむば、恐らくは閣下の心事を誤解するものゝ臆測ならむ。
事実を直言するに、閣下の内閣は、過去一年有半の間に於て、啻に政務に付て何の改善したるものなきのみならず、反つて其失政の大なる、議会開設以後の内閣中、最も顕著なるものなり、議会若し健全にして良心に富み、真に国民の利害を代表するの行動あらば、必らず一日も閣下の内閣と両立せずして、早く第十三議会に於て破裂を見たりしや疑ふ可からず、然るに内閣の相手とせる議会は、醜怪なる多数党派の毒泉に涜がされて其の良心を喪ひ、内閣の失政を匡救するを為さずして、寧ろ之れを助長せしむるの行動に出でたり、是れ閣下の内閣が、幸ひに原形を今日に保つを得たる所以なり。
故に閣下の内閣にして依然今後に存立することあらむか、此一方に於て議会の愈々腐敗する運命を予想す可く、一方に於ては又閣下の失政益々増加するをも予想せざる可からず、斯くの如きは豈国民の能く忍ぶ所ならむや、我輩は必らずしも好で閣下の過失を追究せむとするものには非ず、さりながら閣下にして之れを自覚せざる以上は、我輩は有りのまゝに事実を挙示して閣下の反省を求めざる可からず、顧ふに閣下が一介の武弁を以てして今日の難局に当る初より経綸の一も観る可きものなきは又当然なりとせむ、而も閣下が自ら天下に宣言したる言責を実行せずして、随つて国民の閣下に予期したる冀望の悉く水泡に帰したるは、我輩の甚だ遺憾とする所なり。
相公閣下、閣下内閣組織以来屡※[#二の字点、1−2−22]官紀振粛秩序保持の美辞を使用したり、而も閣下の内閣は、官紀振粛の代りに、官紀大に紊乱したる事実を示し、秩序保持の代りに、秩序頗る壊頽したる証迹を現はしたるは何ぞや、但し此般の事実は既に天下公衆の知悉する所たるに於て、今敢てこゝに之を詳述するの必要を見ずと雖も、我輩は閣下が有名なる謹厳方正なる風采家たるを尊敬し、而して閣下の内閣が、斯る謹厳方正なる風采家と背馳するの行動あるを怪事とし、乃ち次に其の大要を挙げて閣下の明鑑を仰がむとす。
※[#始め二重括弧、1−2−54]五※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山県相公閣下、我輩は曾て多くの冀望を閣下の内閣に属せざりしと雖も、独り官紀振粛の一事は閣下専売の政綱たりしを見るに於て、中心実に此点に於ける閣下の特色が十二分に発揮せられむことを期したりき、而も其事実に現はれたるものを観れば、閣下専売の貴重なる政綱は、殆ど悉く破壊せられて
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