の取締を厳重にすること度に過ぎたりと非難せられたりき。蓋し日本政府の対韓策は、二十年来一貫して始終渝る所なく、常に正義と友誼とを以て、韓国の平和及び文明を発達せしむるに力を致したると共に、又韓国に於ける日本の権利及び利益を保護するを旨としたりき。而も此政策は、韓国に出入する不道徳の日本人に障害せられて、十分韓民に徹底せざりしこと往々之れありしのみならず、極言せば韓民の日本に対する悪感情は、主として韓国に出入する日本人の行為に基くもの多かりき。是れ伊藤侯が特に居留日本人の取締を厳重にして、公明正大なる日本政府の措置を中外に彰表し、以て韓民の心を安むじ、併せて関係列国に平静を与へむと欲する所以なるべし。要するに侯が韓国統監としての第一用意は日本に対する韓国上下の誤解を排除するに在るものゝ如し。是れ易きに似て実は最も難儀なる仕事なれども、世間多くは侯の用意を是認し、且つ侯の老練と声望とを以てして必らず成功に到達するの時期あるを信ぜり。
 然るに本年五月、侯が凱旋大観兵式に参列せむが為に帰朝したるまゝ、月を越えて東京に淹流するに乗じ、韓国の各地に宮中の隠謀と関聯したる暴動は起れり。而して其の頭目とも見るべきは、多少韓国に名を知られたる閔宗植、崔益鉉、柳麟湯の輩にして、中に就き崔益鉉の如きは韓国屈指の碩儒と称せらる。彼等の揚言する所に依れば、彼等は皆宮中より賜はれる馬牌、鍮尺を有し、皇帝の密勅を奉じて協約の実行を妨ぐるの同盟を為せりといふに在り。更に事実を究むるに、内官姜錫鎬及び参領李敏和の二人相謀り、妖僧金升文を皇帝に引見せしめて無稽の惑言を為さしめ、終に皇帝を動かして、宮廷を暴動の策源地たらしむるに至れりと信ぜらる。是に於て韓国皇帝は依然として人格上の一問題たり。
 由来韓国の憂は政令二途に出づるに在り。是れ宮中府中の別明かならざるに由れるは論なしと雖も、之れをして然らしむる所以のものは、単に其の制度の確立せざるが為めのみに存せずして、実に韓国皇帝其の人の陰謀好きなるに在り。皇帝は不幸にして陰謀の外何事をも見聞せず、又其の性格は陰謀に適するやうに造られたり。其の言語の才は能く人を籠絡するに足り、其の反覆表裏の心術は巧に権変を弄するに足り、而して其の小事に聡明にして大局に瞹昧なるは、奸小の徒をして最も玉座に親近し易からしむ。故に韓国皇帝の人格上に不思議なる変化を見ざる限りは
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