て往かむ哉と」に白三角傍点]。此の時に當り、伊藤内閣の公等一派を憎むこと絶頂に達し、同族中公の言動を議するもの亦少なからざりしに拘らず、公は能く私情に忍びて公義に殉ずるの態度を維持したりき。
 公は曾て獨逸に留學して、頗るスタインの國家主義に私淑する所多しと雖も、其の立憲政治に關する思想の傾向は[#「其の立憲政治に關する思想の傾向は」に白丸傍点]、大體に於て英國的なり[#「大體に於て英國的なり」に白丸傍点]。故に初期議會以來常に藩閥内閣に反對して政黨内閣の本義を主張したりき[#「故に初期議會以來常に藩閥内閣に反對して政黨内閣の本義を主張したりき」に白丸傍点]。然れども公の政黨内閣論は、夫の政權爭奪を目的とせる黨派政治家と大に其の見地を異にせり。公の政黨内閣を主張するは[#「公の政黨内閣を主張するは」に二重丸傍点]、之を措て憲政の運用を圓滑ならしむるの道なしと信ずるが爲めのみ[#「之を措て憲政の運用を圓滑ならしむるの道なしと信ずるが爲めのみ」に二重丸傍点]。故に徒らに政權の爭奪を事とする政黨は[#「故に徒らに政權の爭奪を事とする政黨は」に二重丸傍点]、公の斷じて與みせざる所なりき[#「公の斷じて與みせざる所なりき」に二重丸傍点]。
 公曾て『慨世私言』を著はして、内閣と政黨との關係を詳論したることあり。其の黨人を戒むるの言に曰く、在野政黨員たるものも、徒らに政府乘取の紛爭を愼まざるべからず。何となれば立憲政治の時運に到達したる國家に於ては、急躁焦慮する所なきも早晩政黨内閣の起るべきは其の數なり。而も今日の如く、各黨各派孰れも確乎たる一大主義を有するなく、情實に合し、情實に離れ、小黨分裂の時に於て、政府を乘取らむとするも豈得べけむや。假令幸にして乘取り得たるとするも、其れ能く一黨一派の内閣にして、久しく其の位地を支ふるを得べけむや。朝たに新内閣成りて夕べに僵る[#「朝たに新内閣成りて夕べに僵る」に白三角傍点]、國家の爲に何の益ぞ[#「國家の爲に何の益ぞ」に白三角傍点]。國民の爲に何の利ぞ[#「國民の爲に何の利ぞ」に白三角傍点]。寧ろ國家の大勢定りて[#「寧ろ國家の大勢定りて」に白三角傍点]、政黨の爭ふ所主義の實行に一定し[#「政黨の爭ふ所主義の實行に一定し」に白三角傍点]、一大政黨を以て一大政黨と爭ふの時期を待つの國家國民の利たるに如かずと[#「一大政黨を以て一大政黨と爭ふの時期を待つの國家國民の利たるに如かずと」に白三角傍点]。以て公の志の在る所を知るべし[#「以て公の志の在る所を知るべし」に白三角傍点]。
 余は二十八年二月雜誌『精神』の董刊を公より託せられ、爾來重大なる問題起る毎に、公の意見を聽くの機會に接すること益々多かりき。後ち精神を改題して『明治評論』と爲すや、公は其の立案に成れる『朝黨野黨』と題する一論文を余に與へて、其の初刊の紙上に掲げしめたり。當時伊藤内閣は自ら稱して超然内閣といひしに拘らず、竊に自由黨と提携し、又別に國民協會をも收攬して内閣の黨援と爲さむとし、其の旗幟甚だ鮮明を缺きたるのみならず、動もすれば内部の調和を謀るに急なるが爲に、彌縫と姑息とを事とするの状あり。而して在野黨の如きも、各派互ひに相分立して、一大政黨を組織するに至らず、隨つて其の在野黨としての勢力毫も發展する所あるを見ざりき。公乃ち伊藤首相に向ては、其の宜しく超然主義を棄て[#「其の宜しく超然主義を棄て」に白三角傍点]、純粹なる政府黨を作り[#「純粹なる政府黨を作り」に白三角傍点]、以て其の旗幟を鮮明にすべきを勸め[#「以て其の旗幟を鮮明にすべきを勸め」に白三角傍点]、在野黨の盟主たる大隈伯に向ては[#「在野黨の盟主たる大隈伯に向ては」に白三角傍点]、其の宜しく改進黨との關係を絶ちて各派合同の疏通に便ならしむべきを説きたり[#「其の宜しく改進黨との關係を絶ちて各派合同の疏通に便ならしむべきを説きたり」に白三角傍点]。是れ一篇の眼目なりき。公は此意見を以て直接間接に朝野の政治家を指導するに努めたるは言ふまでもなく、大勢亦久しからずして、遂に半ば公の意見を實現し、自由黨は公然政府黨と爲り、改進黨其餘の各派は、相合同して進歩黨を組織するに至りき。
 然れども公は唯だ至公至誠を以て時局に處し[#「然れども公は唯だ至公至誠を以て時局に處し」に白丸傍点]、未だ曾て政權爭奪の渦中に陷りたることあらず[#「未だ曾て政權爭奪の渦中に陷りたることあらず」に白丸傍点]。故に二十九年松隈内閣成るや[#「故に二十九年松隈内閣成るや」に白丸傍点]、公は文部大臣の候補に擬せられ[#「公は文部大臣の候補に擬せられ」に白丸傍点]、切に入閣を慫慂せられたりと雖も[#「切に入閣を慫慂せられたりと雖も」に白丸傍点]、公は固辭して之れを受けざりき[#「公は固辭して之れを受けざりき」
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