。英國の議會では、勅語奉答は直に内閣の不信任案となることがあつて、其の討議の爲に二日も三日も朝野の論戰を續ける慣例であるが、我國の議會では、勅語奉答は唯だ至尊に敬意を表する儀式的奏文とする慣例で、政治上の意味を含ませないことになつて居る。此の慣例は永久變更が相成らぬという譯でもないから、變更する必要と機會があらば、之れを變更しても一向差支がない。併しソレをするには適當の方法手續に依らざるべからずだ[#「併しソレをするには適當の方法手續に依らざるべからずだ」に白丸傍点]、然るに河野は適當の方法手續に依らずして、獨斷を以て從來の慣例を破つた。
△凡そ閣臣の失政を彈劾するのは、憲法より與へられたる議院の權能であるけれども、討論を用ゐずに之れを決することは出來ない[#「討論を用ゐずに之れを決することは出來ない」に白三角傍点]。又た之れを討論に附するには[#「又た之れを討論に附するには」に白三角傍点]、議院法の規定に依て議員より發議せしむるを要するのである[#「議院法の規定に依て議員より發議せしむるを要するのである」に白三角傍点]。
△河野の朗讀したる勅語奉答文は、形式上討論に附した姿になつて居るが、實際は討論を用ゐずに可決したのである。否討論が出來ないやうに仕向けたといつても宜しいと考へる。内閣の彈劾上奏案とも見るべきほどのものを[#「内閣の彈劾上奏案とも見るべきほどのものを」に白丸傍点]、議長の勝手で拵らへて[#「議長の勝手で拵らへて」に白丸傍点]、議長の單意で提出して[#「議長の單意で提出して」に白丸傍点]、討論の準備なき議院に可否を問ふといふ法はない[#「討論の準備なき議院に可否を問ふといふ法はない」に白丸傍点]。ソンな大切な問題を夢中に拍手して通過せしめ、後で大騷ぎを遣らかした議員も議員だが、其議員に不意打を喰はした河野議長の處爲も、决して正當とは謂はれない。
△内政は彌縫を事とし、外交は機宜を失すといへる奉答文中の文字は、或は衆議院多數の意向を表現したものかも知れない。併し討論なしに之を可決しては、其文字は全く無意義の空文字となるのである。又た理由を説明せずに斯る上奏文を捧呈するのは、陛下に對する敬禮を缺て居ると思ふ。
△熟ら/\開會以前の形勢を見るに、政友會と憲政本黨とは相聯合して内閣に當らうといふ攻撃同盟が成立つたのであるから、議事の進行次第で、閣員彈劾の上奏案が現はるゝのであつたかも知れない。併しソレにしても、十分當局者に質問をしたり、説明を求めたりして、其の上で正々堂々たる討論をも悉くし、今度こそは大に内閣の油を搾つて遣らうといふのは、聯合黨領袖株の心算であつたらしい。ソレデ河野が若し聯合黨の爲に謀つたならば、彼れは獨斷でアのやうな奉答文を朗讀する事は出來ぬ筈である。大石正巳は河野議長の處爲を非常に喜むで居つたさうだが、ソレハ一時の感興に打たれたからであつて深く考へて見たら決して喜ぶべき譯のものでない[#「ソレハ一時の感興に打たれたからであつて深く考へて見たら決して喜ぶべき譯のものでない」に傍点]。
△如何に目的が正しくても、手段が正しくなくては憲政を圓滿に發達せしむることが出來ない。少々は目的が間違つて居ても、之れを達するの手段が正しければ天下の同情を得ることがある。かるがゆゑに、政治家の苦心は、どうしたら手段が正しく見えるだらうと工夫することであつて、所謂る策士といふ奴は[#「所謂る策士といふ奴は」に白丸傍点]、目的は兎も角も手段を正しく見せ掛けるやうに仕組むのが巧みである[#「目的は兎も角も手段を正しく見せ掛けるやうに仕組むのが巧みである」に白丸傍点]。河野の今囘の遣り口は、全く之れとは反對であるから、たとひ河野自身では俯仰天地に恥ぢざる積りでも、世間では陰險悖戻の策略を用ゐたものゝやうに彼れを非難するのである。
△河野自から語る所では、奉答文を政治上の意義あるものとするのは、彼れの年來の持論で、彼れは議長の候補者に推された時、『若し當選して議長の椅子に就くことゝなつたら、此の持論を實行して見ようと決心した』さうだ。是れは眞實の自白[#「眞實の自白」に白三角傍点]に相違ない。要するに朝野を驚かした奉答文も、唯だ此の單純なる功名心[#「單純なる功名心」に丸傍点]から生れたので、策略だの陰謀だのといふほどのものでもないと考へる。
△然らば彼れは何故に此の事を一應政友に相談せずに獨斷に遣つたかといふに、ソコが則ち河野本來の面目で[#「ソコが則ち河野本來の面目で」に二重丸傍点]、彼れは大事を行ふ場合に[#「彼れは大事を行ふ場合に」に二重丸傍点]、人と相談する男でない[#「人と相談する男でない」に二重丸傍点]。又た責任を人と分かつやうなことは好まない方だ[#「又た責任を人と分かつやうなことは好まない方だ」に
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