對する伊藤侯の反感も亦必らず此の時を以て事實に現はれむ、何となれば閣下の内閣にして議院の多數を敵とするに至れば、伊藤侯は必らず自ら起つて其の難局を匡救せむとし、以て侯の最も得意なる内閣乘取策を行ふ可ければなり、侯の最も得意なる内閣取乘策とは、他の窮處を見澄まして始めて自ら起つこと是れなり、換言せば侯は水到りて渠自ら成るの機會を待つものなり、故に侯が今日の心事を測れば、閣下の内閣と自由黨とが益々衝突せむことを望み[#「閣下の内閣と自由黨とが益々衝突せむことを望み」に傍点]、自由黨が閣下の内閣と提携を絶つに至らむことを望み[#「自由黨が閣下の内閣と提携を絶つに至らむことを望み」に傍点]、而して自由黨が勢ひ侯の命令の下に左右せらるゝに至らむことを望めり[#「而して自由黨が勢ひ侯の命令の下に左右せらるゝに至らむことを望めり」に傍点]、是れ閣下の宜しく領解せざるべからざる事情にあらずや[#「是れ閣下の宜しく領解せざるべからざる事情にあらずや」に傍点]。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]二十六※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、閣下の内閣が近き未來に於て伊藤侯の内閣に代らる可き運命あるは、殆ど一種の豫言として國民に信ぜらるゝのみならず、伊藤侯亦自ら取つて代るの野心勃々たるは、天下何人も恐らくは之れを疑ふ者ある可からず、但だ自由黨が伊藤内閣の成立を望むの意たとひ熱切なりとするも、其意單に侯を擁立して私利私欲を遂げむとするに在らば、到底再び衝突するの外なきは明白の理勢なるを以て、侯にして愈々自ら起つの時は、是れ自由黨が大に其の内容を改造して、侯の理想に適合せる政黨と爲りたるの日ならざる可からず、是れ自由黨に在ては頗る困難なりと雖も、其の成ると成らざるとは別問題とするも、兎に角閣下の内閣が現に局面展開の機運に襲はれつゝあるは事實にして、閣下は決して此機運に抵抗すること能はざるを自覺せざる可らず、葢し閣下の内閣は[#「葢し閣下の内閣は」に白丸傍点]、獨り伊藤侯に倦まれたるのみならず[#「獨り伊藤侯に倦まれたるのみならず」に白丸傍点]、獨り自由黨に倦まれたるのみならず[#「獨り自由黨に倦まれたるのみならず」に白丸傍点]、又既に國民に倦まれたること久し[#「又既に國民に倦まれたること久し」に白丸傍点]、隨つて局面展開は[#「隨つて局面展開は」に白丸傍点]、獨り伊藤侯の冀望のみならず[#「獨り伊藤侯の冀望のみならず」に白丸傍点]、獨り自由黨の冀望のみならずして[#「獨り自由黨の冀望のみならずして」に白丸傍点]、又國民多數の冀望なるを以てなり[#「又國民多數の冀望なるを以てなり」に白丸傍点]。
 相公閣下、今の時に於て閣下の内閣を維持せむとするものは、天下唯だ閣下の屬僚あるのみ、閣下は此の屬僚の援助に依りて何時までも内閣の現状を維持し得可しと信ずる乎、夫れ立憲政治の内閣にして一旦國民の多數に倦まるゝことあらば、是れ其の内閣が直に倒るゝの運命を示すものなり、夫の自由黨は一二の野心家の爲めに操縱せられて區々たる目前の利害に制せらるゝが爲めに、眞の局面展開未だ行はれずして、閣下の内閣亦僅かに一日の休安を保つを得ると雖も、自由黨亦必ずしも達識遠見の人なきに非ず、苟くも其主義政見を同うするものと大に合同して、先づ藩閥を殲滅するの壯志を奮へば、閣下の内閣は唯だ一擧にして輙ち倒れむのみ、而も是れ我輩の空想に非ずして自然の趨勢なる可きを信ず。
 天下定まる可くして定らざるは[#「天下定まる可くして定らざるは」に白丸傍点]、其の罪實に在野の黨人に在り[#「其の罪實に在野の黨人に在り」に白丸傍点]、彼等は初め藩閥打破を旗幟として起りたるに拘らず、其の目的未だ成らずして早く藩閥と提携したりき、是れ實は藩閥を利用せむとするに在りたるも、反つて多く藩閥の爲めに利用せられたりき、是れ今に於て尚ほ眞の局面展開を見る能はざる所以なり、我輩の所謂る局面展開とは、完全なる政黨内閣を建設すること是れなり、完全なる政黨内閣を建設するの策は他なし、唯だ最初の民黨合同を實行するに在り、是れ曾て憲政黨内閣時代に於て既に之れを實行し、不幸にして一二野心家の自由黨を惑亂したるものありしが爲めに忽ちにして其の合同を破りたるも、是れ人爲の破壞にして當然の破壞には非ず、我輩は自由黨中にも、閣下の内閣に於ける失敗の經驗に鑑みると同時に、其必らず大悟徹底して眞の局面展開を實行するの準備に着手する人ありを信ぜむと欲す。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]二十七※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山縣相公閣下、自由黨を惑亂して其の良心を壞敗せしめたるものは、之れを前にしては伊東巳代治男あり、之れを後にして星亨氏あり、自由黨が自ら主義政見を棄てゝ藩閥の奴隷と爲りたる所
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