虫干し
鷹野つぎ

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)南風《みなみかぜ》
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 海の南風《みなみかぜ》をうけている浜松の夏は、日盛りでもどこか磯風の通う涼しさがありましたが、夜は海の吐き出す熱気《ねっき》のために、却って蒸《むし》暑い時もあるのでした。
 そうした夜は寝床にうすべりを敷き、私たちも大人の真似をしてひとしきり肩に濡手拭をあてて寝《やす》む事もあるのでした。けれどそれも八月頃のことで、九月も終り頃からは、朝あけや、夕方の空は、露っぽい蒼さに澄んでくるのでした。
 そのうち日中《にっちゅう》でも秋の爽やかな風が通《かよ》う頃になりますと、私の家でも虫干しが始まりました。
 衣類が干される日には、私は小腰をかがめて、吊紐にかけた衣類の下を潜《くぐ》って歩いたりしました。すると樟脳や包袋《においぶくろ》の香りと一緒に、長らく蔵《しま》われていたものの古臭いような、それでいて好もしい、匂いも錯《まじ》って鼻を打ってくるのでした。母は私にあまり手を触れないようにと注意しながらも、あたりの衣類を指して、思い出話をするのでした。
 私は祖父の古い梨子地《な
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