った。
初めての日の夜が来ると、私の窓に添うた廊下を往来する足音も絶え、前後に隣る病室の物音も静まって、私の隣りの空ベッドのあたりが余計|闃《げき》として来た、私はキリギリス籠を思わせるベッド蚊帳におさまって、それでも病躯にちがいないまだ異和のある身を、眠りのなかに忘れて行った。
数日過ぎてからもう夕方に近いころ私の隣りに、肥満した可愛らしい娘が入室した。それと共に私の名札とならんで、坂上とよ子の名札が、入口の扉の上に掲げられた。
運転手風のひとが、夜具や行李や風呂敷包や、いろいろ運び入れているあとから、四十年配の男のひとに伴われて、健康人のような足どりではいって来た娘は、
「あら兄さん、ここはもとの同じベッドよ」と、驚いた声で話していた。
「なるほどそうだね、今度は癒りきるまで養生せよとベッドが云っているようだ」
若い父親と云ってもいい程な年長の兄は、看護婦のととのえるベッドの一方で、いろいろな持物を置場所におさめていた。
木製の箱型ベッドの、けんどん開きになってるところで、衣類の詰っている大型の行李の中へ、さらに風呂敷包みにした真冬のコートや肩掛、ジャケツ類まで合せ入れて
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