、とよ子は手まわりの用事にもけだるさを見せていたが、たずねてみると、腸の工合がわるくなって困ってるとのことだった。
 もう十日ほどもとよ子の許へは誰れも来なかったので、私が代って検温に来た看護婦の主任さんに、とよ子さんの苦痛を伝えてあげた。主任さんは
「そういう変化は一日でも二日でも黙っていては困りますよ。投薬の関係もありますからね」ととよ子に注意した。
 かの女はあとでなんとなく寂しい顔つきを見せて、静かに臥っていた。
「もうだいぶお家から見えませんね」
「ええ、私も毎日毎日私の窓から見える野道の方を見詰めていますの、長兄の白麻の洋服はどんな遠くからでも見わけられますもの」
「もう、そう云っている間に来られるかもしれませんよ」
「でもたいてい、あなたのおじさまの姿が歩いてこられるんですもの」
「もう見分けられますの」
「ええ豆粒みたい遠くからでも。おじさまはご親切ね、私の掌の傷をあんなに心配したりして」
 坂上とよ子が元気がなくなってからは、私も妙にさびしかった。テレスへ出てもとよちゃんもいらっしゃいと呼べないので、あたりに出ている人たちとよもやまの話をした。大体にこの病棟には重い人
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