一行を従え廻って行った。
もうどうしても附添婦は必要であった。病院からは再度の通知が自宅へ発せられた。
中一日隔てて今度訪ねてきたのは、私のはじめて見る次兄という人らしかった。長兄の言葉少い温厚な人柄ともちがって、鼠色の上等の洋服姿で丈も少し低く気短からしく慌てた足どりで、はいって来た。
もう日暮れに迫り、まだ電気はつかなかったが、かわたれ闇のもの悲しいひと時であった。とよ子は繃帯の手首を布団の上に投げ出し、憔れた瞼をうとうとと閉じていた。そこへ果物包みらしいものを携げて近づいて行った次兄は、ただならぬ妹の寝がおを見るや、どういうものかまた果物包みを前方に差し出すように吊して、何ものにも触れぬよう通り路の中間をよろけるように歩いて、外へ走り出て行った。
再び引き返して来た次兄の手にはもう何もなかった。
「とよ子」彼れは高い声で妹の眠りを呼びさました。
眼を開いたとよ子は次兄を見ると、うれしそうな笑顔を見せた。けれどその笑がおもすぐと病苦のなかへ消え失せて、ただ無言の眼もとだけが次兄を迎えていた。
「お前はまあ」と次兄はつくづく妹を見ながら、大きな声で云いはじめた。「そんなになっては、もういろいろ食べられもしないだろう。あれほど気をつけよ、つけよと云いきかしていたのに、山歩きなんかしてさ。あんな仕立物なんてものでも、次兄さんは止せ止せと云ってとめていたろう。無茶な真似ばかりして、またこんなになって了って、それでは情けないではないか」
こう一気に云うのを、矢張りとよ子は無言できいている様子だった。私は少々おどろいていた。附添婦を頼む用件で来たものと思われるのに、病妹をつかまえて意見をはじめているのは腑に落ちなかった。
すぐ眼の前の相手に聴かせるには高すぎる声で、次兄はまだいくらでも云いつづけて行った。
「この前はじめてお前が病気を出した時、次兄さんがどんなに心配したかおぼえているだろうね。六円五十銭もするソマトーゼを服ませたり、一切五銭もする鯛のさしみをたべさせたり、お前だって忘れはすまい。円座が欲しいと云えばそれも買い、良い布団だってこの次兄さんの方で受持って作ってやったろう。どんな物入りだって構わずに、何んでもしてやったではないか。それだのになんてまあ不養生したもんだ。こんなに悪くなっては情けないではないか」
「………」
「お前が丈夫になって、いい娘に
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鷹野 つぎ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング