してくれなかったのも、ふるえ上る私の傷みにはおもいやりのある好意であった。
 新らしく対った南の窓からは、武蔵野《むさしの》の一郭を蓋う空がゆるやかな弧を描いて、彼方の街路の端れに消えていた。まず視界の八分は空であった。あとの二分を俯瞰すると、前方が中庭をはさんで並行した別の病棟で、西方に渡廊下をもって右折して続いた医務室などの建物があり、東方には病院の裏門が眼近に迫っていた。
 仰臥すると視野《しや》はもう空の一色であった。晴れた日、曇った日、雲の流れ漂う日、暁の光り、夕ぐれのうつろい、四時私の視野をはなれなかった。
 空は生活の澱に沈んで、痛み悩む思いとは、一線を画した、寛いだ豊かな相貌を湛えていた。人事をそこへつなげようとする階梯がなかった。遙かで神秘で美しかった。私は後に一年も経てから嵐に襲われ狂う空の叫びも知ったが、その日はただ唖然とし、畏服してその怒りの鎮まるのを、今か今かと待つばかりであった。中庭の樹々は一吹毎に悲鳴をあげて伏し靡き、可憐な木槿の白花は既に嵐の一吹きで散り失せ、松樹の太い根もゆらいで傾いた。
 硝子戸にはしぶく雨滴が滝となって流れ、やがて破れ、突風は私のベッドにまず一撃をあたえて、花瓶も金魚鉢も吹き飛ばした。私は濡れ鼠となったが、およそ雨を凌げる衣類や蚊帳までかぶっているうちに、硝子の破れ目が板戸で塞がれ、まだ他の病室の被害で右往左往している廊下の足音を、難をのがれた私はこれはたいした嵐だと思って聴いていた。
 日頃臥たきりの病人が駈足で他の病室へ避難する姿も見えた。「窓ぎわの者がいちばんひどいんですよ」と云う甲高い声もまじった。
 二百十日という厄日が、古来の経験で恐れられていた実証が、あまりに如実だったので、夕方凪ぎ晴れてきた時には、その渦雲を浮べた空に私は半ば讃嘆したような感じを持った。濡れ鼠の被害も私の安静の心を掻きみだす程ではなかった。看護婦が、その日の夕方、私の濡れものをそとへ運び出し、あまりまごつきもせず寝工合よくベッドを整えなおしてくれたのも、この天変が程よくきりあげてくれた感謝であった。
 怒る空はそう度々はなかった。殆ど四時の多くは底知れぬ穏顔の空であった。殊に青い空の盤上に白い雲が、いいようもないさまざまの形をあらわして、流れ漂うさまは、払拭された青一色の空よりも私の眼にはたのしかった。朝かげ夕かげの移りゆくさまも
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
鷹野 つぎ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング