小谷さんは無心なさまで、私の傍らで讃美歌を歌っていた。
眼には見えねども、わがそばに在して
つねに導き玉うぞなつかしき
ところを備えてわれを待ち玉う
君にまみゆる日ぞなつかしき
小谷さんに時々扱いにくく思わせてきた私ではあったが、近い別れを思うのでこの歌声は私の感傷にいたくこたえた。
「小谷さん、私がひとりになって了うとこれから毎日窓ばかり見て過すんですよ」
「よく退屈なさいませんこと。とにもかくにも永遠を語るものには、最も慰められます」
小谷さんは強情者を悲しむように、眼を伏せて云った。
それから間もなく私は一人となった。窓は前にも増して私の慰安となり、四時の移り変りに従い、眼に映る悉くが私の友となった。
一匹の枕もとに飛び入る小虫さえも珍らしく眺める病床の無聊は、却って私に身近の切実な物思いをも一時救ってくれた。
空の来る日来る日は少しも見あかず、私を無心の世界に誘い、そこから病躯も力づけられて行った。人間の微力を以てして、自らそのところを得ようとする者に迫る、きびしい日々もこの先にあった。
底本:「鷹野つぎ――人と文学」銀河書房
1983(昭和58)年7月1日発行
底本の親本:「限りなき美」立誠社
1943(昭和18)年11月発行
※「一ケ月後」の「ケ」を小書きしない底本の扱いは、ママとした。
入力:林 幸雄
校正:土屋 隆
2002年5月5日作成
2003年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
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