いですか。あの長江の出口を止めちまうのです。するとあの夥《おびただ》しい水量は、海へ注ぐことが出来なくなってしまう。するともう向うは一遍で降参をしてしまいます。」
社長「どうも判らないですナ。」
小僧「判ってるじゃないですか。いつか長江の流域八百里に亙《わた》って大洪水があって困ったということがありましたろう。あれの十倍も二十倍も恐ろしいやつをやろうというのです。あの流域全体が水漬《みずづ》かりになっては、もう戦争は出来ません。」
社長「そりゃ巧い話だが長江の出口を止めるなんて、そんな大変なことが出来るものですか。」
小僧「そこがこの話ですよ。いいですか。大きな汽船の胴中に大きな製氷器械を据えつけるのです。つまり舷側《げんそく》にふれる水は、直ちに氷となるような仕掛けをするのです。そんな汽船をドッサリ作って――それの設備はみな貴方が国家へ寄附するのですが――それを長江の出口へ派遣して、昔あった閉塞戦《へいさいせん》に似た氷鎖戦《ひょうさせん》をやるのですよ。貴方の名誉は大変なものですぜ。」
社長「それはいいが、一体汽船はいくつ位あればいいのです。」
小僧「まず二百|艘《そう》ですかナ……これこれ気絶しちゃいけません。起きて下さい。」
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 傷つかず拷問器《ごうもんき》
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内相「お前かい、発明小僧ちゅうのは。」
小僧「さいでごわす。ところで本発明品は、まことに御便利でございましてナ、是非お買い上げを願いとう存じまするで、ヘエヘエ。」
内相「買う買わぬは後にして、早く品物を見せなさい。」
小僧「では……これでございます。この鎖《チェーン》ベルトがドンドン走りますんで。タンクの車輪の上を走るあの鎖ベルトと同じ様なものです。」
内相「鎖の上に何かヒラヒラ附いているのは何じゃ。」
小僧「これは皆|鷹《たか》の羽根です。」
内相「鷹の羽根がどうしたのじゃ。」
小僧「これが犯人の足の裏を、擽《くすぐ》るのです。まず犯人を椅子に縛りつけて置き、靴下を脱がせます。そしてその足の下へ此の器械を据えつけます。器械が動き出すと、鎖ベルトは輪になっていますから、羽根は犯人の足の裏を、いつまででも擽ります。遂に犯人はアハアハ笑い苦しんで、白状をいたします。むろんこの拷問は、すこしも傷がつきませんです。」
内相「ちょっと重宝《ちょうほう》じゃが、拷問器では買い上げんぞ。何とか尤《もっと》もらしい名称に変えてこい」
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 乗客吸収方式
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鉄相「お前の名は知っとるがロクでなしの発明ばかりじゃないか。」
小僧「そりゃデマでさア。そこで早速ですが、お買い上げねがいたいものをぶちまけて、ロクでなしかどうか御批判ねがいましょう。これこれ、この乗客吸収方式というやつです。」
鉄相「ナニ乗客吸収方式だア、名称はたいへんいいじゃないか。どうするのだい。」
小僧「つまり切符へミシンを入れるのです。」
鉄相「ほう、ミシンを入れて……。」
小僧「それだけのことです。切符を買った乗客は、そのミシンのところから、ひきちぎって切符の半分を保管します。それには賃金が書いてあります。それを溜《た》めるんです。」
鉄相「溜める? 溜めてどうする。」
小僧「一定の金額以上溜めると、そこで今までに買った切符の金額合計の一割に相当するだけの金額を乗客に払い戻します。」
鉄相「そんなことは出来ない。」
小僧「それも現金で払うのではなく、鉄道旅行券で払う。だから貰った方の乗客は、その切符で思い懸けない旅行が運賃ナシでやれる。」
鉄相「うん、なるほど。」
小僧「だから乗客は殖《ふ》える。キセル乗りをよして、娯《たのし》みだからちゃんと全線の切符を買うようになる。鉄道省の収入は大いに殖えて、一割の切符払い戻しなんか、てんで苦にならなくなる……というのはどうです。」
鉄相「面白い。では実行しよう。どうもありがとう。」
小僧「あれッ。買って下すったんだったら、お金を下さい。」
鉄相「それはアイデアで、発明じゃない。発明は工業的でなくちゃいかん。」
小僧「工業的ですよ。……ハイ、これがそれについて必要な切符ミシン器です。たいへん早く良く正確に穴が明きます。うんとお安くして置きます、どうぞ。」
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 鉄の切手
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逓相「ここへは、いろんな発明を持ちこんでくるが、面白いのがあった例がない。君はやく喋って、帰って呉れ給え。」
小僧「はア、これ、如何です。」
逓相「なんだ、それァ。」
小僧「これは鉄の切手です。」
逓相「鉄の切手? 鉄の切手なんて重くて配達出来やせん。」
小僧「そう思うのが、認識不足ですよ。鉄の切手を使えば、今までの十分の一の時間で配達が出来ます。」
逓相「法螺《ほら》を吹くなよ。」
小僧「本当ですよ、法螺じゃありません。つまりハガキにこの鉄の切手を貼りますネ。それを配達するときは、〒やサンがサイドカー付きのオートバイで配ってまわる。しかもその車には機関銃式郵便物|射出器《しゃしゅつき》というのがついているのです。引金をグッと引けば、往来に居ながら、遥か向うの戸口まで、郵便物が射出《いだ》されて飛んでゆくのです。」
逓相「機関銃式とは考えたナ。しかし郵便物が戸口に当って、バラバラ下へ落ちるのではサービス問題をひきおこすから困る。雨の日など、折角《せっかく》ターキーが送ったブロマイドが泥だらけじゃ、申訳ない。若い女の子に恨《うら》まれては、ワシャ辛《つら》い。」
小僧「なに大丈夫ですよ。戸口には磁石式郵便受を附けるのです。大きな磁石がブラ下っているのです。配達車から射出されたハガキは、鉄の切手が貼ってあるから、戸口へ飛んでゆくとピシリピシリと、この磁石に吸いつけられて、下には落ちんです、この方式によれば、上海《シャンハイ》の市街戦のように超スピードで……。」
逓相「オイ誰か。この方のおでこへ『通信事務』のハンコをペタリと捺《お》して、お住居《すまい》へ送り返せ!」
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   多忙病の人に捧げる

 千手観音《せんてかんのん》装置
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秘書「そりゃ私も忙しくて閉口してますよ。だが、失礼ながら君の名はノトーリアスですよ、ロクなものを持ってこんという専《もっぱ》らの評判ですが、知っていますか。」
小僧「弁解は忙しいのでしません。まず品物を見られよデス。」
秘書「こりゃ何だ、義手《ぎしゅ》じゃないか。君、間違えちゃいけませんよ。私には正しく二本の手がありますよ。」
小僧「三本の手があっても、忙しくて足らん……とよく申しますネ。つまりこの義手は二本の手があっても、なおかつ忙しい人に取付けるのです。試みに一本つけてごらんなさい。」
秘書「こりゃ駭《おどろ》いた。」
小僧「それで左の手で、電話の受話器を持ち、右の手に握った鉛筆で、向うの云う用件を紙の上に書き……それから補手《ほしゅ》でもって、薄くなった頭の頂上をゴシゴシと掻《か》いてごらんなさい。」
秘書「こりゃ奇妙だ。……四五本、置いていってくれ給え。」
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 目醒《めざま》し腕時計
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社員「なアんだ。腕時計じゃないか。しかも型が大きくてアンチ・モダンだ。……君は普段《ふだん》モダン日本を読んでないんだろ。」
小僧「どうも有難うござい。……この型の大きいのは、目醒しになっとるのでございまして……。」
社員「目醒しなんか意味無い。」
小僧「……ことは無くて大有りです。あンさんは、昼間の五分の居睡りは、瀕死《ひんし》の病人を蘇《よみがえ》らせるということを御存知ですか。」
社員「ウソをつけ!」
小僧「イエ本当でございますよ。内輪《うちわ》に見積りましても、俄然《がぜん》元気を恢復して、居睡りのあと、仕事が捗《はかど》りますデス。そこで居睡りをすることをお薦《すす》めいたしますが、そのとき無くて無らぬのは、この目醒しつきの腕時計でございます。目醒しとしては極めて小型にして軽便、ベルの鳴り心地も大きからず、また小さからず。重役の耳には入らねど、御自分を起すには充分です。これを自席に帳簿を立ててその蔭で行うとか、或いはまた電車の中にて、乗換えまでの僅少なる時間を利用して行うとか……。」
社員「ヨシヨシ判った。月賦《げっぷ》で一つ買おう。」
小僧「オオ神様! 今日はよく売れる……。」
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 紫外線発生のベッド
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小僧「人生は六十から……と申す諺《ことわざ》があるのを御存知でいらっしゃいますか。」
重役「知らんネ。……本当かネ……。」
小僧「本当でございますとも。魏《ぎ》の曹宗《そうそう》という人が……。」
重役「曹宗か。アレなら知っとる……。」
小僧「ああ、御親友でございましたか。これは失礼申上げました(と、ペコンと頭を下げ)、実はあの曹宗様が仰有《おっしゃ》ったとか申すことで……ソノ先生の如きはこれからが人生でございますよ。」
重役「ウフフフ。」
小僧「ところが、先生にはチョッと条件が欠けて居ります。」
重役「なにッ……。」
小僧「つまり早く申しますと、曹宗様は常に屋外《おくがい》でお暮しになって、紫外線というものを充分に全身にお受けになっていたので、これで丈夫でございました。ところが先生は、屋外にお出ましになり日光に当られることが全く無い。これではいけませんナ。」
重役「そりゃ話に聞いたことがある。しかしじゃ、わしのように十五もの会社の重役をしている忙《いそが》しさでは、そんなことは到底出来べきではないのじゃ。」
小僧「そんなことはございません。たっぷりお有りですよ。」
重役「ないッ! 忙しいのを知らんか、君は。」
小僧「では申上げましょう。先生は毎晩お寝《やす》みになりますが、あのときは何かお仕事をなさいますか。無論なさらないで、ながながと伸びていらっしゃいましょう。私の申すのは、あの時間です。すくなくとも五六時間は有りましょう。……そこであの紫外線発生装置をベッドに仕掛けて置くのでございますよ。特別のベッドですが、これを用いてお寝みになりますと、毎晩、適当の時間に紫外線が身体に当って、知らず知らずのうちにお丈夫になるし、時間も損をしないというので……。」
重役「ウウン、そいつはいい考えじゃ。よオし、その紫外線発生ベッドというのを買おうじゃないか。一台いくらじゃ。」
小僧「へえへえ、どうも有難うございます。……エエ少々お高くて、一台二百円でございます。」
重役「二百円で、人生六十からナラ安い、よオし、至急十五台ほど持って来てくれ。」
小僧「十五台? そんなに、どうなさいますんで……。」
重役「斎藤内閣の諸公に贈るのじゃ。」
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   ホンモノの珍発明集

 小説より奇なる実話あり。空中楼閣《くうちゅうろうかく》的模擬発明よりも奇なるホンモノの発明も亦《また》、無からずして可《か》ならん哉《や》、乃《すなわ》ち、商工省特許局発行の広報より抜粋《ばっすい》して次に数例を貴覧に供せんとす。夫れ一言半句《いちごんはんく》も疎《おろそ》かにすることなく、含味熟読《がんみじゅくどく》あらむことを。

 パチンコの発明
 昭和二年実用新案広告第一一六七七号(類別第一十五類五、銃弓及射的玩具)――出願人、東京府下本田村立石、×田×次郎氏。
「登録の請求範囲」というのを見ると、パチンコの構造というのが、次のように鹿爪らしく書いてある。
 図面ニ示ス如ク、支持|桿《かん》(1)(1)ノ上端ニ、溝(10[#「10」は縦中横])(10[#「10」は縦中横])ヲ設ケテ、「ゴム」条ノ両端ヲ挿入シテ、木|螺子《ねじ》(9)(9)ニテ締着シ、支持桿ニ穴ヲ穿《うが》チ、該《がい》穴ニ線条(7)ヲ刻セル中空廻転子(6)ヲ緩通シタル軸(5)ノ両端ヲ押込ミ、両支持桿(1)
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