虫喰い算大会
佐野昌一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鉛筆を嘗《な》めながら

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(例)[#ここから2字下げ]
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  自序


 本書の中に、「“虫喰い算”大会」の会場が、第一会場から始まって第三十会場まである。われと思わん方は御遠慮なく、第一会場から出発して、智慧だめし、根だめしをなされたい。
「虫喰い算」とは、そもそもどんなものであるか。
 簡単にいえば、「虫喰い算」とは、虫に喰われて判読できない数字を、推理の力によって判定する算数学のことである。
 但し学といっても、頭の芯がじーんと痛くなり、苦しみのほか、何もないというような詰らないものではない。「虫喰い算」は非常におもしろく楽しいもので、一旦これで遊んだものは、終生「虫喰い算」のうれしい味を忘れ得ないであろう。私も二十年来これを愛好し、時にはこれを探偵小説に組立てて書いたこともあった(海野十三作『暗号数字』)。
 本書の中には、「虫喰い算」の親類筋にあたる「覆面算」もいくつかおさめてある。「覆面算」というのは、数字が虫に喰われて穴があいているのではなく、文字または符号の覆面をつけている計算なのであって、みなさんたち学徒の名探偵は、その覆面を推理の力で叩き落して数字を剥がし出すのだ。
 この両方をひっくるめて、ここに「“虫喰い算”大会」を開いてあるが、会場の初めの方はやさしいが、だんだん後の方の会場となるとむずかしくなる。その代り「虫喰い算」の魅力はだんだんに強く加わり、最後の第三十会場までが残り少くなるのが惜しまれるようになるであろう。第一会場を合格すれば第一階選士と名乗る。が、第三十階選士となるには、とてもたいへんである。
 やさしい問題は中学校の一年生でも解ける。一等むずかしい問題でも、高校生なら解けるであろう。しかもこの「虫喰い算」の魅力は、大学教授をして鉛筆を嘗《な》めながら呻《うな》らせる魔力をも備えていて、実に神秘なところがある。
 本書にはわざと空白を用意してあるが、そこでは部分的計算や、やりかえしをするために、せいぜい鉛筆を運動せられて然るべし。
 本書には全部で百三十二箇の問題を集め得たが、これだけ集めるのにも、ずいぶん苦心し、且つ長い年月を要した。もっと多くの新しい問題を探し出したいと思うが、私が二十年で得たものはこれで全部である。同好の諸氏で御存じならば御恵投を煩わしたい。最後に本書は次ぎの各書を参考としたことを記し、謝意と敬意とを表する。
[#ここから2字下げ]
F.C.Boon,“Puzzle Papers in Arithmetic”
G.C.Barnard,“An Elementary Puzzle Arithmetic”
F.F.Potter and F.C.Rice,“Common Sense Arithmetic”
H.E.Dudeney,“Modern Puzzles”
A.S.E.Ackermann,“Scientific Paradoxes and Problems”
藤村幸三郎著『新数学パズル』
[#ここで字下げ終わり]
   昭和二十一年正月七日
[#地付き]海野十三
[#改段]

  1 虫喰い算とは?


 古い大福帳や証文や勘定書などがしみ[#「しみ」に傍点]という虫に喰われており、肝腎《かんじん》の数字のところが穴になっている。さあたいへん、困ったことになった。そういうとき推理の力でもって、その穴になった数字はこういう数字であらねばならぬと判別する。この算数学がいわゆる「虫喰い算」と称《よ》ばれるものである。
 もちろん、一金五万円也、右借用候事しかじかというような一本建の数値だけがあってそのうちの数字が虫に喰われているのでは、探しようがないが、もしそれが加減乗除の運算書であれば、その一部が虫に喰われていても、前後の関係から推理によって正確に判別することができる。時には、数字の全部が虫に喰われていても、それらの数字の配列が分ってさえいれば、推理の力を積んでその全数字をいい当てることができる。
 なお「虫喰い算」に似たものに「覆面算」と名附けるものがある。これは虫喰い算ではその数字が虫に喰われて穴があいているのに対し、「覆面算」では符号または文字になっているのだ。もちろん数字は1から9までの外に0の十箇だから、その覆面の符号または文字は十箇以内に限られる。
「虫喰い算」と「覆面算」と、どっちが面白いか。それは人によって違うが、私はどっちも面白いと思う。
「虫喰い算」を解く鍵は、普通の場合、まず初めに0の数字か、1の数字であらねばならぬところの穴を探し出すことにある。
「覆面算」では、同様のこともあるけれど、同じ文字又は符号がいろいろな関係で並んでいるところからして、ははあ、この文字はこっちの文字の二倍だなどという相互関係が見出されると、後は急に解けやすくなる。
 虫喰い算の類を解くときは、徹頭徹尾推理の力で推していくところに興味と実益があるのであって、1かなあ、それとも2かなあ、それでなければ3かというふうに、いちいち代入法でやって行くやり方は面白くない。
 虫喰い算は、序文にも述べてあるとおり、中級以上のものは一題一題が宝石のように尊く且つ愛《め》ずべきものであるからして、なるべくじっくりと解いていただきたい。一日に十題も二十題も解くことは、頭も疲れるし、それに虫喰い算の妙味が分らないと思う。
 そこで本書の“虫喰い算”大会の設計に当っても、やさしいものとむつかしいものとを交ぜて四題ぐらいを一会場とすることとした。
 なお、第一会場から第三十会場までのうち、初めの三分の一ぐらいは割合とやさしいが、それから先はだんだんと複雑難解なるものが入って来、それだけに推理に成功すれば嬉しさがこみあげる。第二十会場以後となると、虫喰い算の愛好者にとっては、こたえられないほどの歓喜と興奮とをもたらすことであろうと思う。


  2 やさしい虫喰い算とその解き方


 まずやさしい虫喰い算の方から、その解き方を述べて行く。
【例題一】 次頁のような加え算がある。四角の穴は、いわゆる虫の喰ったところである。そういうものが、この問題には四つある。これを推理で探しあてるのだ。

  1□92
  29□1
  971□
+ 2□17
――――――
 17592

 まず右端の縦列の□から考えて行く。これは一の位である。2と1と□と7とを加えた結果、その値の一位は2となることが、この計算によって分っている。□は別として、分っている2と1と7とを加えると10[#「10」は縦中横]となる。しかるに、一の位の合計の一位の数字は0ではなくて2である。するとこれは□が0ではなく、2であることが推理される。そこでその2を書き入れ、左上のようになる。

  1□92
  29□1
  9712
+ 2□17
――――――
 17592

次は十の位だ。一位から1が送られていることを忘れてはならぬ。やはり□が一つある。それを別にして、分っている数字9と1と1と、一位からくりあがった1とを加えると、その結果は12[#「12」は縦中横]となる。しかるに、十位の合計の十の位は9となっていて、2ではない。これはつまり十位の□を加えてないからこうなるわけだから、9から2を引いて7、この7が□の数字と決まる。そこで計算を整理すると右下のようになる。

  1□92
  2971
  9712
+ 2□17
――――――
 17592

 その次は百位だ。これは今までのようには行かない。□が二つもあるからだ。分っている9と7とを加え、それに十位から上がってきた1を加えて17[#「17」は縦中横]となる。この縦列の合計の数字は5であるから、□と□との合計は8であるかもしれず、18[#「18」は縦中横]であるかもしれない。さあ分からなくなった。
 が、困ることはない。もう一つ上の千位の数字を見ると、この縦列には□がない。1と2と9と2を加えて14[#「14」は縦中横]となるが、下の合計では17[#「17」は縦中横]となっている。すると百位から千位へ送られた数字は17[#「17」は縦中横]から14[#「14」は縦中横]を引いた3だと分る。
 そうなると百位の二つの□の和は8ではなくて18[#「18」は縦中横]であらねばならぬ。18[#「18」は縦中横]でないと、3は上ってこない。
 これで一応解けたわけだ。□と□の合計が18[#「18」は縦中横]となる関係があれば、どんな数字でもいいのだ。いや、どんな数字というわけにもいかない。二数字の和で18[#「18」は縦中横]なら、いずれも9である外にない。なぜなら9以上の数字はこの縦列に存在しないわけで、ぜひとも9でなければならないのだ。そこで答は上の如く決まった。

  1992
  2971
  9712
+ 2917
――――――
 17592

 同じ加え算でも、「覆面算」ふうなものが加わった場合がある。次の例題がそれだ。

【例題二】 Nという文字で現わされた数字が五箇所に入っている加え算である。もちろん、どのNも同じ数字である。

  2N8
  2N2
  88N
+ N2N
―――――
 2164

 この配列を見ると、どこから手をつけていいか分らぬようであるが、しばらく見ていると鍵が発見される。それは一位の四数字の和が8と2と二箇のNであり、また十位の四数字も同じく8と2と二箇のNである点だ。しかもこの合計を下列でみると、一位では4だし、十位では6となっている。これだ、鍵は。
 これは一体どういうことを意味するか。一位から十位へあがった数字は、6から4を引いた2であることを意味する。
 どうして2をあげることができるか。8と2を加えて10[#「10」は縦中横]だから、これでまず1があがる。その外に二つのNがあるから、この和で1があがらねばならぬ。すると二つのNの和は14[#「14」は縦中横]である。よってNは7だということになる。
 うそだと思ったら五箇のNに7を代入して検算してみるがよろしい。こういうやり方では、百位のNにはついに手をつけないで解くことができた。一刀両断の快味に、ちょっと似ている。

 引き算を一つやってみよう。やさしいものであるが……。

【例題三】 これは国民学校の一年生でもできるであろう。一位からやって行く。

 □84562
− 8□1□3
―――――――
 6□7□7□

 2から3は引けないから、十位から10[#「10」は縦中横]を借りて、12[#「12」は縦中横]から3を引いて9が出る。
 次は十の位だ。6は既に5に減っている。それから□を引いて7が出るというからには、この□は逆算して8でなければならぬ。この際、百位から10[#「10」は縦中横]を借りた。
 次は百位だが、被減数の5は、先に1を右へ貸したから4となっている。だからそれから1を引くと3であるから、□は3と決まった。
 次は千位。これはわけなしだ。□は7であらねばならぬ。但し上から10[#「10」は縦中横]を借りた。
 万の位では、被減数の8は下へ1を貸したので、実は7である。それから8を引けば9である。□は9と決まる。
 十万の位の□は7である。なぜなら下へ1を貸してあって、答は6となっているから、7にちがいない。これで出来た。上のようになる。

 784562
− 87183
―――――――
 697379

 次は掛け算の場合である。掛け算だからといって別にやり方が根本的にちがうわけではないが、一つの方針をごらんにいれておきたいと思う。

【例題四】 この問題を見ると、虫喰い穴が八箇所もある。こんなに穴だらけで、果して推理の力で解けるだろうかと不安になる。

   97□
×   □8
――――――
  □□□0
  9□□
――――――
 175□0

 しかししばらくこの計算をながめていると、そのうちに有
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