もこれを見ることができた。けれども、一人として其の巣にとゞいたものはなかつた。
鷲は村の上を飛び翔つて、時には仔羊を、又時には仔山羊を襲つた。一度などは小さな子供をさらつて行つたこともあつた。だから鷲がその巣を岩角にかけてゐるうちは、安心がならなかつた。
村人の間に、こんな話があつた。昔、その巣にとゞいて、滅茶苦茶にこはした二人の兄弟があつたさうだが、近年、それにとゞいた者は一人もないといふことだつた。
村で人が二人寄ると、鷲の巣の話が出て、上を見あげるのだつた。
近年、何時、鷲が戻つて來たか、何處を襲つて、損害を與へたか、最近では誰がそこへ登つて行かうと企てたか、などのことはちやんと分つてゐた。青年たちは子供の時分から、山や木に登る練習をつみ、いつかはあの鷲の巣にとゞいて、昔話の兄弟たちのやうに、巣を打ちこはせるやうにならうと、とりわけ角力をとつて身をきたへてゐるのであつた。
此の話の頃、村一番の立派な青年でライフといふ者があつた。彼は村の始祖エンドレの子孫ではなくて、髮がちゞれ、眼が細く、巫山戲てばかりゐて、女が好きだつた。彼はもう子供の時分から、鷲の巣によぢ登つてみせるぞといひふらした。けれども年寄達は、彼がそんなことを聲高に言ふのは感心できないと言つた。
これが彼をのぼせ上がらせた。そこでまだ最適の年齡にもならないのに、早くも岩角の登攀を企てた。それは初夏の晴れた日曜日の午前であつた。青年たちは今日こそ直ちに計畫をやらなければならないといふのであつた。多くの人々が懸崖の下に集まつた。老人達はやめた方がよいと言ひ、若い者達はやるがよいと言つた。
だが、ライフは只自分の望みにだけ耳を傾けた。だから鷲の雌《めす》が巣を離れるのを待ち構へて、一跳びに地上數尺の高さにある一本の松の木にとびついて、ぶら下がつた。此の木は岩の裂目から生え出してゐたので、ライフはこの裂目をよぢ登り始めた。小さな石が[#「小さな石が」は底本では「小さなな石が」]彼の足の下に崩れた。砂利や土塊《つちくれ》が轉がり落ちた。その音より外には深い靜寂。只遙かに川の流れが絶えず淙々と音を立てゝその河口へ注いでゐるだけ。
懸崖はだん/\嶮しくなつた。長いこと彼は片手で下がつて、足で以て、足がゝりをさがしてゐて、よそを見ることはできなかつた。
多くの者、とりわけ女たちは顏をそむけて、若し
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