るのは、ぞつとしなかつた。もう一つ二つ建てておきたい病院の夢もあるものでね。くだらん執着には違ひない。だが、どうも自分が、まんいち前線基地へでも出ていつたら最後、まつ先に脳天を射抜かれるやうな男に思へてならなかつたのだ。……ああ、家内かい? (と彼は私の挿んだ質問にこたへて)家内は京城でもらつて、京城で死なした。産褥《さんじょく》熱だつた。子供も一緒に死んでしまつたから、まあ、その点はさばさばしたものだが、とにかく僕は躊躇《ちゅうちょ》したね。
 そのまま役所通ひをしながら形勢を窺《うか》がつてゐると、やがて華北交通から来ないかと言つて来た。最初の仕事は、北京《ペキン》の郊外あたりに鉄道病院みたいなものを作るのだといふ。僕はその頃、採光の様式についてちよつとした発見をしたところだつた。もちろん机上のプランだから、なんとかして実地に試してみたくてならなかつた。それには材料の上で或る註文《ちゅうもん》があつた。その材料が北支なら、まだまだ使へる可能性があるやうに想像された。
 そこで僕は休暇をとつて大連《だいれん》へ行つた。満鉄の本社に北支の事情に明るい先輩がゐたので、その人の意見を求める
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