くらゐ背の高い男で、とつつきの悪い不愛想なところがあつたが、実は飃々《ひょうひょう》とした楽天家で、案外すみに置けない粋人《すいじん》でもあつた。魏怡春《ぎいしゅん》といふ名前が、まさに体《たい》をあらはしてゐたわけである。
 そんな彼に、われわれはよく甘えたり、罪のない艶聞《えんぶん》をからかつたりしたものだ。大学を出ると長崎へ行つて、はじめは医大につとめ、やがて開業した。日本人の細君をもらつたとかいふ噂《うわさ》もあつたが、そのへんから段々消息がぼやけて来て、まもなく戦争になつた。山東へ帰つたらしいと、誰いふとなしにそんな風聞も伝はつたが、確かなところは分らなかつた。もし帰つたとすれば、彼の運命は果してどうなつてゐるだらう。無事で、若白毛《わかしらが》がますます霜《しも》を加へて、相変らず飃々《ひょうひょう》としてゐるだらうか。……われわれはまづ、そんなことを噂し合つた。
 G君は、われわれの仲間では唯《ただ》一人の山岳部員だつた。かと云つて先頭に立つて賑《にぎや》かに音頭をとるのではなく、むしろ黙々として小人数で沢歩きをするといつた風であつた。一度など、単身で雨あがりのザンザ洞へ
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