よく働く者がほかにありますか? そもそもだれが日がな一日、息をつく暇もなしに、あのように重い団子を――すなわち、やがて生まるべき私同様のくそ虫たちが、すくすくと生長しうるようにとの大目的をもって、くそを材料に私がかくも手ぎわよく作りあげた団子を、せっせところがしているでありましょうか? しかもその代わり私は、やがてこの世に新しいくそ虫が生まれ出るとき、『しかり、わが輩はなしうるところのものを、またなすべかりしところのものを、ことごとくなしとげたのだ』と私が言うであろうように、かくも平らかなる良心をもって、また一点の曇りなき衷情をもって、言い切れる者が他にあろうとも思わないのであります。諸君、労働とは実にかくのごときものであります!」
「おっと兄弟、そう労働労働と大きな口をめったにきいてはもらいますまいぜ!」と、ちょうどくそ虫の演説のとき、丸太ほどもある枯れ草の茎の切れっぱしを、暑さにもめげず引きずっていた一匹の蟻《あり》が、そう申しました。蟻はちょっと立ち止まって、四本の後脚で地面にすわり、やつれた顔にしたたる汗を、二本の前脚でふきました。――「僕だって、そら、この通り労働はするんだぜ。それもお前さんなんかより働きは激しいくらいだ! それにお前さんは自分のために働くんだろう、でないまでも結局はお前さんの子孫のためだろう。ところがみんながみんな、そんな果報者じゃないんだぜ。……物はためしだ、まあお前さんもこの僕みたいに、お上《かみ》の御用で丸太ん棒を引きずって見るがいいや。こんな暑さの中でまで、精も根もつき果てるほど働いていながら、さてどこのどいつが僕をこうまでこき使うのやら、僕は自分でも知らないのさ。いくら働いてやったところで、ありがとう一つ言っちゃもらえないんだ。僕たち不仕合わせな働き蟻というものは、みんなこうして働いてるんだが、僕たちの暮らしがそれで少しでもよくなるかい? みんな背負って生まれた運命なのさ!……」
「くそ虫さん、あんたみたいに人生をみちゃ、あんまり無味乾燥というものですよ。だが蟻さんも、人生をあまり暗く考え過ぎますねえ」と、こおろぎが二人に反対しました、「そんなもんじゃありませんよ、くそ虫さん、僕はこうしてコロコロ啼《な》いたり、はね回ったりするのが大好きですが、それでいっこう平気ですよ! べつに気がとがめたりはしませんよ! それにまたあなたは、さっきとかげの奥さんが提出なすった問題に、ちっとも触れなかったじゃありませんか。奥さんは、『世界とは何でしょう』とお尋ねだったのですよ。だのに自分のお団子の話をするなんて、それじゃむしろ失礼と言うもんじゃありませんか。世界とは――世界というものは、僕に言わせると、こうして僕らのために若草があり、太陽があり、そよそよ風がある以上、すこぶる結構なものだと思いますね。それにまた実に大きなものですよ! あんたなどは、こうしてこの木とあの木のあいだを天地として暮らしておられるから、世界がどれほど大きなものかということについては、とても理解が行くはずはありませんよ。僕はよく耕地へ行って見ますがね、そこでときどき、思いっきり高くとびあがって見るんです。そして正直な話が、とても高いとこまでとびあがれるんですがね、その高みから見渡すと、つくづく世界には際限がないと思いますねえ。」
「まったくその通りじゃ」と、分別顔で栗毛の馬が相槌《あいづち》をうちました、「とはいうもののお前さんたちはみんな、わしがこの歳《とし》までに見て来たものの、百に一つも見られはせんのじゃよ。お気の毒じゃがお前さんたちには、一露里がどんなものじゃやら見当がつくまい。……ここから一露里行ったところには、ルパーレフカという村がある。わしは毎日その村へ水をくみに、たるを背負って出かけるのだ。だがあの村じゃ一ぺんだって飼料《かいば》をくれたことがないな。それからまた別の方角には、エフィーモフカだのキスリャーコフカだのという村がある。このあとの方には教会というものがあってな、鐘がころんころんと鳴っておる。その先はスヴャト・トローイツコエ村、またその先はボゴヤーヴレンスクじゃ。ボゴヤーヴレンスクでは、行くたんびに乾草をくれるが、あすこの乾草は風味がよくない。だがほれ、ニコラーエフへ行くと――これはここから二十八露里もある町じゃがな、あすこの乾草はなかなかええし、それに燕麦《えんばく》の御馳走《ごちそう》も出るのじゃ。ただどうもあそこへ行くのがいやでならんというのは、あの町へ行くときは旦那を馬車に乗っけて行くのでな、馭者《ぎょしゃ》というものが旦那の言いつけでわしらを駆り立てるのじゃ。いやその馭者の振りおろすむちの痛いのなんのって……。まだそのほかに、アレクサンドロフカ、ベロジョールカなどいう村もあるし、ヘルソーンというのも
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