へてをつた。いや飛んだ僧兵だわい。その三晩目に、姫を寝所から引つさらふことは、案外に赤子の首をひねるよりた易《やす》いことが分つた。手順は立派に調つた。そなたなんどは高鼾《たかいびき》のうちに手際よくやつてのけられる。そこで俺は馬鹿《ばか》々々しくなつてやめてしまつた。よくよく考へてみたところ、俺の欲しいのは姫ではなくして事であつた。それが生憎《あいにく》『事』ほどの事で無いのが分つたまでだ。姫のうへは気の毒に思ふ。だが所詮《しょせん》、俺が引つさらつて見たところであの姫の救ひにはならぬ、この俺の救にもならぬ。……
「それ以来、俺は毎日この丘へ登つて、焼跡を見て暮した。何か事を見附けださうとしてだ。どこぞで火煙の立つ日は心が紛れた。それのない日は屈托《くったく》した。さて、恋が事でなかつたとすればお次は何だ。俺はまづ政治といふものを考へてみた。今度の大乱の禍因をなしたのは誰だ、それを考へてみようとした。それで少しは心が慰さまうかと思つたのだ。世間では伊勢殿が悪いといふ。成程《なるほど》あの男は奸物《かんぶつ》だ、淫乱だ、私心もある、猿智慧《さるぢえ》もある。それに俺としても家督を追はれ
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