《よくす》のところで一夜の宿を頼まうと、この門の形を雪のなかに見わけた途端に貞阿は心をきめた。
玄浴主は深井《じんじ》坊といふ塔頭《たっちゅう》に住んでゐる。いはゆる堂衆の一人である。堂衆といへば南都では学匠のことだが、それを浴主などといふのは可笑《おか》しい。浴主は特に禅刹《ぜんさつ》で入浴のことを掌《つかさど》る役目だからである。しかし由玄はこの通り名で、大|華厳寺八宗兼学《けごんじはっしゅうけんがく》の学侶のあひだに親しまれてゐる。それほどにこの人は風呂好きである。したがつて寝酒も嫌ひな方ではない。貞阿のひそかに期するところも、実はこの二つにあつたのである。
その夜、客あしらひのよい由玄の介抱で、久方ぶりの風呂にも漬《つか》り、固粥《かたかゆ》の振舞ひにまで預つたところで、実は貞阿として目算《もくさん》に入れてなかつた事が持上つた。雪はまだ止《や》む様子もない。風さへ加はつて、庫裡《くり》の杉戸の隙間《すきま》から時折り雪を舞ひ入らせる。そのたびに灯の穂が低くなびく。板敷の間の囲炉裏《いろり》をかこんで、問はず語りの雑談が暫《しばら》く続いた。
貞阿は主人の使で、このあひ
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