みびつ》は、いずくへ持ち去ったものやら、そこの隅かしこの隅に少しずつ小さな山を黒ずませているだけでございます。青侍《あおさぶらい》どもはみな逃亡いたして姿を見せません。顫《ふる》えながらも居残っておりました仕丁両三名を励ましつつ、お倉の中を検分にかかりますと、そこの山の隈《くま》かしこの山の陰から、ちょろちょろと小鼠《こねずみ》のように逃げ走る人影がちらつきます。難民の小倅《こせがれ》どもがまだ諦《あきら》めきれずに金帛《きんぱく》の類を求めているのでございましょう。……こうしてさしもの桃華文庫もあわれ儚《はかな》く滅尽いたしたのでございます。残りましたお文櫃はそれでも百余合ほどございましたが、これは光明峰寺へ移し納め、わたくしもそれに附いてそちらへ引き移りました。わたくしは取るものも取敢《とりあ》えずその夜のうちに随心院へ参り、雑兵劫掠《ぞうひょうきょうりゃく》の顛末《てんまつ》を深夜のことゆえお取次を以て言上《ごんじょう》いたしましたところ、太閤《たいこう》にはお声をあげて御|痛哭《つうこく》あそばしました由《よし》、それを伺ってわたくしはしんから身を切られる思いを致したことでござ
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