乱は瞬時もやまずに続くであろう。人間のたかが一世や二世で見きわめのつくような事ではあるまい。してみればいま眼前のこの静寂は、仮の宿りにほかならぬ。今宵《こよい》の雪の宿りもまた、所詮《しょせん》はわが一生の間にたまさかに恵まれる仮の宿りに過ぎないのだ。……貞阿はそう思い定めると、暫《しばら》くじっと瞑目《めいもく》した。雪が早くも解けるのであろう、どこかで樋《ひ》をつたう水の音がする。……
やがて座に戻った連歌師《れんがし》は、玄|浴主《よくす》の新たに温めてすすめる心づくしの酒に唇をうるおしながら、物語の先をつづけた。
それは九月の十九日でございました。明け方から凄《すさ》まじい南の風が吹き荒れておりましたが、その朝の巳《み》の刻なかばに、お屋敷のすぐ南、武者の小路の上《かみ》の方に火の手があがったのでございます。つづいてその下《しも》にも上《かみ》にも二つ三つと炎があがります。火の手は忽《たちま》ちに土御門の大路を越えて、あっと申す間もなく正親町《おおぎまち》を甞《な》めつくし、桃花坊は寝殿《しんでん》といわずお庭先といわず、黒煙りに包まれてしまいました。折からの強風にかてて
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