かかるよ。」
ところが弟の返事は、
「だからさ、時間はたっぷりあるじゃないですか。聖期節の二週間は、結婚式をあげるわけには行かないのですから、その間に縁談を決めてくださればいいんですよ。そして洗礼祭の晩になったら結婚式をあげて、すぐその足で田舎へたつんです。」
「おやおや」と僕は呆れて、――「だがね、お前さん、独身生活のわびしさで、少々気がふれたんじゃないかね。(『精神病』なんて気の利いた言葉は、当時まだ使われていなかったものでね。)僕はこう見えても、お前さん相手にマンザイの真似をしていられるほどの閑人じゃないんだよ。これからすぐ、裁判所へ出勤しなけりゃならん。まあ僕の留守のまに、うちの女房を相手に、好きなだけ夢物語をやるがいいさ。」
僕にしてみれば、弟の話はどだい問題にならんナンセンスか、まあそうでないまでも、とにかく実現性のすこぶる薄い一片の空想としか思えなかったのだ。ところが豈はからんや、その日の夕飯どきに帰宅してみると、柿はすでに熟していたという次第なんだ。
家内が僕に言うには、――
「あのね、マーシェンカ・ヴァシーリエヴナさんが見えましてね、晴着の寸法をとるんだから一緒
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