かえす、――「その指をくわえる、って仰しゃるのは?」
「まあ、おっ母さんや、そらっとぼけなさんな。」
「いいえ、そらっとぼけてなんかいませんわよ。」
「じゃお前、知らないのかい、『指をくわえる』ってことを? マーシェンカにはびた一文よこすまいってことさ、――困るというのは、つまりそこだよ。」
「まあ、そんな訳でしたの!」
「うん、その通りさ。」
「その通り、全くその通りだわ! そりゃまあ、そんなことかも知れませんけど、ただわたしはね」と家内はいつかな敗けてはいず、――「たとえ持参金はなかろうと、ちゃんとした嫁さんを貰うことが、あなたのお考えだと『指をくわえる』ことになろうとは、ついぞ今まで思いも及ばなかったわ。」
 どうです、いかにも女らしい可憐な筆法、ないし論理じゃありませんか。ひらりと体をかわす拍子に、お隣づきあいの誼みで、ちくりと一本くるんですからねえ。……
「僕はなにも、自分のことをとやかく言うんじゃないぜ。……」
「いいえそうです、じゃ一体なぜ……?」
「いやはや、そりゃ酷すぎるぜ、ねえ|お前《マ・シェール》!」
「何がひどすぎますの?」
「なにが酷すぎるって、僕が自分のこと
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