れはなかなか立派な人物で、その発する一言はぴたりと的にあたるものがあったのである。だから一同は、よろこんでその声に耳をかたむけた。
「僕はこう思うな」と彼はつづけた、――「もちろんクリスマス物語には一定のワクはあるにしてもそのワクの中で色々と趣向を変えることが出来るはずだし、その時代なり時の風俗だのを反映させて、興味津々たる多彩多様さを発揮できもするはずだとね。」
「だが、君はその意見を、いったい何をもって実証するつもりかね? なるほどと思わせるためには、君自身ひとつ、ロシヤ社会の現代生活のなかから、そんな事件をとり出して見せてくれるべきだね。時代とか現代人とかいうものも立派に反映しており、しかもそれなりにクリスマス物語の形式にも註文にもあてはまって、――つまりちょいとファンタスティクでもあり、なんらかの迷信の打破にも役だつものであり、おまけにめそめそしたのじゃない、明るい結末のついたものでもある、――そんな奴をね。」
「おやすい御用さ。お望みとあらば、そんな話を一つお目にかけてもいいがね。」
「そいつは是非たのむぜ! ただね、これだけは一つ、しっかり願いたいんだが、その話というのは、ほんとにあった事[#「ほんとにあった事」に傍点]でないと困るぜ!」
「ああ、そこは大船に乗ったつもりでいたまえ。僕がこれから話そうというのは、本当も本当、正銘いつわりなしの実話な上に、その登場人物がまた、僕にとって頗る親密かつ親愛なる連中なのさ。実をいうとその主人公は、ほかならぬ僕の実の弟なのだ。あれは、たぶん諸君もご承知かと思うが、なかなか心がけのいい役人でね、それなりにまた、世間の評判もなかなかいい男なんだよ。」
 一同は異口同音に、いかにもそれは兄貴のいう通りだと相槌をうった。のみならずその多くは、この語り手の弟なる人物は、まったく一点の非の打ちどころもない立派な紳士だと、太鼓判をおしさえしたのである。
「でまあ」と、相手はこたえた、――「つまり僕は、諸君が立派な紳士だと言ってくださる、その男のことを話そうというわけなのさ。」

      ※[#ローマ数字2、1−13−22]

 そう、三年まえの話だがね、弟はクリスマスの休みを利用して、田舎から僕のうちへ泊りに出てきた。当時あいつは、田舎まわりの役人をしていたのだ。ところがその様子が、いつにない猛烈な剣幕でね、――乗り込んでくるなり、いきなり僕や家内にむかって、是が非でも「女房を持たせてくれ」と切りだしたものなのさ。
 僕たちは初めのうち、冗談だろうぐらいに思っていた。ところが、どうして奴さん大まじめで、「女房を世話してください、後生です! このやりきれない孤独地獄から、ぼくを救ってください! 独身生活はもうつくづく厭になりました。田舎の連中の小うるさい陰口や根も葉もない取沙汰には、もうこりこりです。――自分の家庭というものが欲しいんです。夜のひと時を自分のランプのほとりで、可愛い女房と差し向いになりたいんです。女房を世話してくださいよ!」と、しつこくせがみつづける始末なのさ。
「だがまあ、そう足もとから鳥の立つみたいなことを言ったって」と、われわれは一応なだめざるを得ない、――「なるほどそれは一々結構なことだし、お前さんの好きなようにするがいいさ。神様から良縁をさずかって、結婚するのがよかろうさ。ただね、そうせっかちなことを言っても困るなあ。だいいち、お前さんの気持にもすっぽりはまり、先方でもお前さんが大好きだ――というような娘さんを、まず捜してかからなくちゃなるまいじゃないか。それには何といっても時間がかかるよ。」
 ところが弟の返事は、
「だからさ、時間はたっぷりあるじゃないですか。聖期節の二週間は、結婚式をあげるわけには行かないのですから、その間に縁談を決めてくださればいいんですよ。そして洗礼祭の晩になったら結婚式をあげて、すぐその足で田舎へたつんです。」
「おやおや」と僕は呆れて、――「だがね、お前さん、独身生活のわびしさで、少々気がふれたんじゃないかね。(『精神病』なんて気の利いた言葉は、当時まだ使われていなかったものでね。)僕はこう見えても、お前さん相手にマンザイの真似をしていられるほどの閑人じゃないんだよ。これからすぐ、裁判所へ出勤しなけりゃならん。まあ僕の留守のまに、うちの女房を相手に、好きなだけ夢物語をやるがいいさ。」
 僕にしてみれば、弟の話はどだい問題にならんナンセンスか、まあそうでないまでも、とにかく実現性のすこぶる薄い一片の空想としか思えなかったのだ。ところが豈はからんや、その日の夕飯どきに帰宅してみると、柿はすでに熟していたという次第なんだ。
 家内が僕に言うには、――
「あのね、マーシェンカ・ヴァシーリエヴナさんが見えましてね、晴着の寸法をとるんだから一緒
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