点がいくだろうて。……」
 といった次第で、その場の騒ぎもおさまって、うちの弟とマーシェンカの婚礼は、主顕節がすむと早々あげられた。さてその翌る日、僕たち夫婦は、若夫婦のご機嫌奉伺に出かけていった。

      ※[#ローマ数字5、1−13−25]

 行ってみると、向うの御両人は今しがた起きたところで、ご機嫌も常になく上々吉だった。弟のやつは、新婚の日にそなえてあらかじめ旅館にとっておいた部屋のドアを、手ずから開けて、喜色満面、からからと高笑いしながら、われわれを迎えてくれた。
 それを見て僕は、ある古い小説を思いだしちまった。それは新郎が嬉しさあまって発狂するという話だったが、僕がそいつを、当てられた腹いせがてら弟に話してやると、奴さんこんな返事をした、――
「いや、ちょうど兄さんの言われるようなことが、じっさい僕の身にも起りましてね、こいつはどうも吾ながら気が変になったのじゃあるまいかと、そう思ってた矢先なんです。今日ここに初日をあけた僕の家庭生活は、わが最愛の妻に期待していたよろこびを僕にもたらしたのみならず、舅どのからまで、予期せざる福運を授けてもらったという次第なんです。」
「そりゃまた一体、何ごとがもちあがったんだい?」
「まあ、ずっとお通りください、お話ししますから。」
 家内は僕に耳うちして、
「てっきりあの古狸のやつに一杯くわされたんだわ。」
 僕はこたえて、
「おれの知った事じゃないよ。」
 さてわれわれが通ると、弟は封の切ってある一通の手紙をわれわれに示した。それはその朝はやく市内郵便で、両人の名宛で配達されたもので、次のような文面だった、――
『真珠にからむ迷信などにびくつくこと一切無用なり。あの真珠はにせもの[#「にせもの」に傍点]なれば。』
 家内は、どうとばかり尻餅をついちまった。そして、
「ちぇっ、ひどい奴!」と、ただ一言。
 ところが弟は、マーシェンカが寝室で朝化粧をしている方角を、あごで指してみせながら、こう言うのだ、――
「姉さん、そりゃ違います。あの老人のやり方は正々堂々たるもんですよ。僕はこの手紙をうけ取って、一読おもわず呵々大笑しましたね。……一体なんの泣きべそかくことがあるんです? 僕のさがしていたのは持参金じゃなく、またそれが欲しいとも言いやしませんでした。僕のさがしていたのは、女房だけです。だから、あの首飾りの真
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