、一人寄り二人集まりして、しまひには乗り合はした五六人の客は残らず盤のまはりに顔を並べてしまつた。
「へえ、桂馬《けいま》が後びつしやりしますのかい?」
などと頓狂《とんきょう》声を上げる商人風の男もあつた。中でも一ばん熱心に観戦してゐたのは、一人の海軍下士官だつた。二三局目になると、殆《ほとん》ど駒の動き方を覚えてしまひ、自分でも手を出し兼ねないやうな勢ひで、逃げ廻つてゐるBの王様に盛んに声援を与へたりした。
やがて汽車が海軍の飛行場のあるといふ駅に着くと、下士官はあわてて荷物をまとめて下りて行つた。そこでBは初めて、その男が航空隊の人だつたことに気がついた。
「ねえAさん、さつきの将棋の好きな男、誰だか知つてゐますか? あれは飛行家なんですよ。」とBは、数番たてつづけに敗けたあとでA氏に言つて見た。するとA氏は別に意外でもないといつた顔つきで、かう答へた。
「ああ飛行家か。いや多分機関士だらうぜ。僕は前から気がついてたのさ。」
「どうして分かるんです? あの徽章《きしょう》でですか?」
「いや、僕には日本の軍人の徽章なんかちつとも分からんさ。僕があの人を機関士だと断定したのは、
前へ
次へ
全10ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング