てみると、古島さんはいつのまにかまた棒ブラシを拾ひあげて、そのくせ床を拭《ふ》きはじめるのでもなく、ぼんやりと眼の前の屍体《したい》の一つを見つめてゐたさうです。……
 あとで古島さんが司祭さんに打明けたところによると、古島さんが姉さまの姿をその堂内で見かけたのは、その夕方がはじめてではなかつたのでした。何べんといふことははつきり覚えがないにしても、その眼つきのするどい、背のすらりと高い、色の抜け出るほど蒼白い婦人の姿は、たしかに三度か四度は屍体引取りに来た人の群のなかで見かけた記憶があつたさうです。もちろん身寄りの誰かれの屍体をたづねてN会堂を訪れた人びとは、もしそれが女ならば、みんな一様に血走つた眼つきをし蒼ざめた顔をしてゐたに相違ありません。が、そのなかで姉さまのお顔や眼だけがそんなふうに古島さんの印象にはつきり焼きついてゐたのには、もとよりそれ相応のわけがあるに相違ありません。一体なぜだつたのでせうか? それは「あのかた[#「あのかた」に傍点]の眼でした」と、古島さんはきつぱり言ひ切つたとHさんは語りました。千恵はそれを聞いたとき、思はずつい一時間かそこら前に廊下の窓からじいつと室内をのぞきこんでゐた姉さまの凝視を、まざまざと思ひ浮べました。さうです、いかにもあのかた[#「あのかた」に傍点]の眼つきに相違ありません。あのなんとも言ひやうのない凝視を一度でも見た者は、もはや決してその持主を思ひちがへる筈《はず》はないのです。
 それにしても、姉さまは一たい誰をさがしてゐたのでせうか。Hさんのお祖母《ばあ》さんは道ばたの防空壕《ぼうくうごう》のなかで焼け死んだと言ひます。そんな聯想《れんそう》から、千恵はひよつとしたらS家のお母さまの行方が知れないのではあるまいかと一応は考へてみました。もちろんこの考へ方がほんの気休めにすぎまいことには、千恵も初めから気がついてをりました。行きがた知れずになつたのが、あの確かその頃六つだつたはずの潤太郎さんだといふことは、今ではもう色々の理由から千恵は疑へなくなつてをります。S家のお母さまなら、疎開などではなしに、とうから御殿場《ごてんば》の別荘にお住みだつたはずではありませんか。じつは千恵は、姉さまもとうに湯島の本宅は引払つて、もとより仲違《なかたが》ひをしたSのお母さまのところではないにしても、どこか軽井沢か五色《ごしき》か、あの辺の山小屋みたいな別荘へ疎開してらつしやることと思ひ、むりやりさう信じようとしてゐました。けれどこれは、はかない空頼みにすぎませんでした。現に姉さまは、ちやうどその頃Hさんの店へ、イチジク灌腸《かんちょう》を買ひに見えたといふではありませんか。そして恐らく方々の屍体収容所を探《たず》ねあぐねた末に、N聖堂の中をまで一度ならずうろついていらしたといふではありませんか。潤太郎さんはきつと何かの病気だつたに違ひありません。その病気の潤太郎さんと、姉さまはあの騒ぎの中ではぐれておしまひになつたに相違ありません。潤太郎さんは若い気の利かない小女《こおんな》か何かの手に抱かれたまま、どこかで一緒に焼け死んだのかも知れません。
 不吉な予想です。それは重々わかつてをります。ですが千恵は、現にその姉さまの一人ぼつちの姿も見、その怖ろしい眼《まな》ざしも現にこの目で見、またHさんの物語も聞いてしまひました。これはもう予想ではありません。それでも母さまは無理に陽気な笑ひごゑをお立てになるのですか? 千恵はもしそんな母さまだつたら心からお怨《うら》みします。……古島さんの話によると、その夕方ふじゆうな片腕で一心に棒ブラシを使つてゐた古島さんは、ふと外陣《げじん》の暗がりの中でうごめいてゐる人の気配を感じて、ぎよつとしたのださうです。死人が蘇《よみが》へつたのではあるまいか――と、咄嗟《とっさ》にそんな錯覚をさへ感じたさうです。それがその婦人[#「その婦人」に傍点]なのでした。姉さまはいつの間にかこつそり忍び込んで、残る幾体かの青黒い屍体《したい》を、身をかがめて一つ一つ覗《のぞ》きこんでゐたさうです。古島さんが呆然《ぼうぜん》としてその姿を見守つてゐると、とつぜん足もとまで這《は》ふやうに寄つて来てゐた姉さまが、矢庭《やにわ》に片手で古島さんの二の腕をつかみ、のこる手を背の低い古島さんの顎《あご》へかけて、ぐいぐい恐ろしい力で突きあげながら、「ああ坊や、坊やだつたのね、ほんとに坊やだつたのね。お母さんは……」とまで言ひかけて、あとははらはらと落涙したのださうです。古島さんはもちろん無我夢中でした。あの落ちついた物に動じない青年が、夢中で悲鳴をあげたのでした。それでもさすがに古島さんは、驚きうろたへながらも、上からまじまじと自分を覗きこんでゐる婦人の眼を、ほんの束《つか》のま見返すだけの余裕があつたさうです。その眼の印象を古島さんは、前にも記しました通り、「それはあのかた[#「あのかた」に傍点]の眼でした、確かにあのかた[#「あのかた」に傍点]の眼でした……」と司祭さんに告げたのでした。この「あのかた」といふのが誰を指すものか、Hさんの話を聞いた当座の千恵には分りませんでした。Hさん自身にしても分つてゐなかつたのでせう。けれど、やがてあとになつて……
 いいえ、千恵はなんだか頭がこんぐらかつて来ました。窓を、窓をあけようと思ひます。……
   ………………………………………
 夜気が流れこんで来ます。まるで霜《しも》のやうに白々《しらじら》とした夜気です。北の空は痛いほど冴《さ》えかへつて、いつのまにか母さまのお好きなあの七つ星が中ぞら近くかかつてゐます。もう夜半はとうに過ぎたのでせう。なんの物音もしません。しんしんと泌《し》みこむ夜気を、千恵の頭はむしろ涼しいやうに感じます。しばらく、向ふの森かげから覗《のぞ》いてゐる焼けただれた工場の黒々とした残骸《ざんがい》に、千恵はほうけたやうに見入つてをりました。
 だいぶ頭が冷えて来ました。まだ頭の芯《しん》は妙にもやもや火照《ほて》つてゐますけれど、でももうあと一踏んばりです。千恵はこの手紙をとにかく最後まで書きあげて、封をしてしまはないことには、とても今夜は眠れさうもありません。あとほんの少しです。母さまももう暫《しばら》くがまんして下さい。……
 どこまで書きましたかしら? ああさうさう、「あのかた」といふ文句で千恵は爪《つま》づいたのでした。
 Hさんの話によると、姉さまの姿はその後もちよいちよいN会堂の構内に見受けられたさうです。残りの屍骸《しがい》は約束どほりその翌《あく》る朝には全部はこび去られ、聖堂の浄《きよ》めもすつかり済んだあとでは、日ましに烈《はげ》しくなる空襲のもと、正面の鉄扉は再び固くとざされてしまつたので、もちろん姉さまは堂内にはいつてわが子の屍体をさがし求める機会は二度と再びありませんでした。その頃はもう通り抜ける人影も稀《まれ》な上に、植込みのそこここには空掘《からぼ》りの防空壕《ぼうくうごう》も散在してゐようといふ荒れさびた聖堂の構内を、姉さまは当てもなくうろつくだけのことでした。その時間も、十分二十分と行きつ戻りつするならまだしものこと、時によると一時間ちかくも構内をさまよつてゐたことさへあつたと云ふことです。当のさがす相手も、もはや幼な子の惨死体などではなくて、まぎれもないあの古島さんの生ける姿だつたらしいことは、姉さまの挙動や眼つきを遠目ながら窺《うかが》ふ機会のあつたほどの人なら、異口同音に断言したさうです。もちろん古島さんはすつかり怖気《おぞけ》をふるつてしまつて、姉さまの紫色のモンペ姿がちらりと見えようものなら、血相かへて自分の部屋へ逃げこんでしまふのでした。それでも出逢《であ》ひがしらに危くつかまりさうになつたことも、一二度はあつたさうです。
「色きちがひぢやないかね……そんな噂《うわさ》までが、会堂の関係者のあひだに、ひそひそ声でささやかれたものでしたよ。もつとも私たちに言はせれば、あのSの奥さんは、やつぱりここんところ(と、自分の額《ひたい》を指さきで軽く叩《たた》いてみせて――)が、ちよいと変になつてゐるだけのことだといふぐらゐは、まあ見当がついちやゐましたがね。……」
 とHさんは長談義をやうやく結びながら、ニッと冷やかな微笑を浮べて、またもやあの忌《いま》はしい病気の名を口にするのでした。……風が出て、一しきり松原を鳴らして過ぎました。飛行機が一台、かなりゆるい速度で海の方からはいつて来て、都心の方角へ遠ざかつてゆきました。そんな物音が夜の深さをしんしんと感じさせたのを千恵はよく覚えてをります。語りやんだHさんはさも誇らしげな目つきで、じろじろ千恵の顔を観察してゐました。もちろん千恵の唇には血の気が失《う》せてゐたでせう。そのくせ、「見たけりやたんと見るがいい!」とでも云つた捨鉢《すてばち》な、しかも妙な落着きのやうなものが千恵の胸のそこにはありました。ふてくされながら、かげで舌を出してるみたいな気持でした。汚辱とでも屈辱とでも云へる或る毒気のやうなものが千恵のおなかの中に渦巻いてゐるのは事実でしたが、しかもそれが鵜《う》の毛ほどもHさんに感づかれてゐないといふ自信は、なんとしても快いものでした。「ええ、わたしはこの通り臆病《おくびょう》な小娘ですのよ」――すなほに伏目《ふしめ》を作りながら、千恵は思ふぞんぶんHさんに凱歌《がいか》を奏させてあげたのです。それがせめてものお礼ごころなのでした。
 交替の時間まではまだ少し間がありました。そのうちだんだん千恵も口をきく余裕が出てきて、二つ三つ腑《ふ》に落ちぬ点を聞き返すことができました。
「すると、あの奥さんは行方しれずになつたその坊ちやんのことがまだ思ひきれずに、ああして産院なんかを覗《のぞ》きにくるのでせうかしら?……」
「一口に言ふと、まあそんなことなのね。けれど実際に生きてる子にめぐり会へる気でゐるのかどうかといふことになると、そこがどうやら怪しいのよ。現にああして廊下の窓から覗《のぞ》いてゐる目附きにしたところで、何かを捜すやうな落着きのない目つきぢやなくて、何かじいつと一点を見つめるやうでゐて、そのくせ妙にとりとめのない、まあ要するに夢と現《うつ》つの間をさまよつてゐるみたいな目つきなんだわ。それだけに一層もの凄《すご》く感じられるわけなのね。……いつぞやわたし、附添ひのFさんにちよつと聞いてみたことがあるけれど、あれでゐてあの奥さんとても大人しいんだつて。へたに逆らはずにそつとして置きさへすれば、ふつうの人以上に扱ひやすい患者さんだつてFさん言つてゐたわ。分裂症であんなおだやかな人は珍らしいと、先生がたも言つてゐるさうよ。Fさんの話だけれど、あんなふうに窓を覗きにくるのだつて、何もはじめからその積りで来るのぢやなくて、夜の散歩のついでにふとこの産院の灯《あか》りが目にはいると、何か誘はれるみたいにふらふらつと庭のガラス戸を自分で押すのださうよ。あの奥さんちよつと不眠症の気があるので、夜九時になるときまつて一時間ぐらゐ庭の散歩に連れだすことになつてゐるんですつて。はじめは松原のなかを、ゆつくりゆつくり歩きまはる。それから河岸《かし》へ出て、闇夜でも月夜の晩でも、あすこのベンチに腰かけて、じいつと河の面《も》をみつめる。時たま発動機船がエンジンの鼓動を立てながら、黒々と貨物の山を盛りあげた艀《はしけ》を曳《ひ》いて河口をのぼつて行つたり、あべこべに河口から湾内の闇へ吸ひこまれて行つたりするけれど、奥さんはその黒い影が目にはいるのやら、そのエンジンの音が耳にはいるのやら、さつぱり分らない。身じろぎもせず、じいつと河の面をみつめてゐる。時たまは空を見あげて、何か或るきまつた星を、かなり長い間じつと見守つてゐる。それから突然たちあがると、自分からさつさと本館の方へとつて返す。そしてあの前の院長さんの胸像の立つてゐる円《ま》るい芝生のところまで来たところで、奥さんの足が右へ廻るか左へ廻るかによつて、その夜の散歩が伸
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