ぶや》いて、首を引つこめようとしましたが、うしろから覗きこんでゐる千恵に気がつくと、すぐまた気を変へて、
「ちよつとはいつてみる? あの人らしい絵がどつさりあるわよ。この物置、あの人のアトリエなんだもの。」
千恵はうなづきました。あの片腕のない奇妙な青年がどんな絵をかくのか、ちよつと見て置きたい気持がしたのです。
さして広くもない部屋が、半分ほどは椅子《いす》テーブルの山でした。小さな窓が一つあいてゐて、その下に白木のきたならしいデスクが押しつけてあります。その前に椅子が一つ、その背中に千恵にも見覚えのある油じみたブラウスが、だらんと投げかけてありました。床の入口に近いところに、これもやはり油じみて黒光りのしてゐる冷飯草履《ひやめしぞうり》が丁寧に揃《そろ》へてあり、身の廻りのものといつたら唯《ただ》それだけ、あとは足の踏み場もないほど、ぎつしり画架やカンヴァスで埋まつてゐるのでした。
「岡田さんなんかの話だと、これでなかなか見どころがあるんださうだけど、あたしにや何のことやらさつぱり分りやしない。……」
そんなことをぶつぶつ言つてゐるHさんを差し置いて、千恵はいつの間にか部屋の
前へ
次へ
全86ページ中79ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング