染《し》みか何かがこびりついてゐでもして、それを千恵に自慢さうに見せてくれるぐらゐなところなのだらう。よし、今日はうんと平気なふりをしてやらう」……そんな妙なことを千恵は考へました。そのくせ胸の中はだんだん不安になつて行きました。
 やがてHさんは見知らぬ横町へ折れました。するとすぐ会堂の裏門がありました。それまでもう何べんか会堂の構内をふらつき廻つてゐたくせに、千恵はそんなところに裏門のあることはつい知らずにゐました。白い門柱のあひだを通ると、そこはちよつとした谷間みたいな感じの一廓でした。両側には住宅風の小さな二階家が立ちならび、正面は幅のひろい切り立つやうな石の段々でした。その段々の上はすぐN堂の灰色のずしりと重たい胴体でした。もう大|円蓋《えんがい》は目に入らず、ただその寒ざむとした胴の灰色の壁だけが、のしかかるやうに聳《そび》えてゐるのでした。その谷間は風の吹きだまりになつてゐるらしく、雨に叩《たた》き落された柏《かしわ》や何かの大きな枯葉が、ところどころべつたり敷石に貼《は》りついてゐて、千恵は何べんも足を滑らせさうになりましたが(ほら、母さまもご存じのあの古いゴムの編上《
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