と室内をのぞきこんでゐた姉さまの凝視を、まざまざと思ひ浮べました。さうです、いかにもあのかた[#「あのかた」に傍点]の眼つきに相違ありません。あのなんとも言ひやうのない凝視を一度でも見た者は、もはや決してその持主を思ひちがへる筈《はず》はないのです。
それにしても、姉さまは一たい誰をさがしてゐたのでせうか。Hさんのお祖母《ばあ》さんは道ばたの防空壕《ぼうくうごう》のなかで焼け死んだと言ひます。そんな聯想《れんそう》から、千恵はひよつとしたらS家のお母さまの行方が知れないのではあるまいかと一応は考へてみました。もちろんこの考へ方がほんの気休めにすぎまいことには、千恵も初めから気がついてをりました。行きがた知れずになつたのが、あの確かその頃六つだつたはずの潤太郎さんだといふことは、今ではもう色々の理由から千恵は疑へなくなつてをります。S家のお母さまなら、疎開などではなしに、とうから御殿場《ごてんば》の別荘にお住みだつたはずではありませんか。じつは千恵は、姉さまもとうに湯島の本宅は引払つて、もとより仲違《なかたが》ひをしたSのお母さまのところではないにしても、どこか軽井沢か五色《ごしき》か
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