た。
 ……それはまあさうとして、Hさんも加へた同勢四人の手で、聖堂の浄《きよ》めは手順よく運んでゆきました。青黒く変色した幾体かの焼死体は、左手の外陣の一隅に片寄せられて、上から真新らしい菰《こも》がかぶせられました。左右の外陣の窓の鉄扉はあけはなされて、春の夕暮の風がしだいに異臭をうすめてゆきました。あとは百坪は優にあらうかと思はれるコンクリートの床の水洗ひが残るだけでしたが、これが中々の大仕事でした。うづ高いほど積まれてゐた屍体《したい》からいつのまにか泌《し》みだした血あぶらで、床はいちめん足の踏み場もない有様だつたといふことです。しかもそれが、ちつとやそつとの水洗ひではいつかな落ちず、手に手に棒ブラシを持つた四人は思はず顔を見あはせて、深いため息をついたさうです。金色の壁面にさまざまの聖者の像の描いてある聖障は、もちろんぴつたり閉ざしてあります。けれど折からの夕日が西向きのバラ窓から射しこんで、内陣にあふれるその光が高い円《まる》天井に反射し、堂内はまるで夢のやうな明るさだつたと言ひます。その光のなかに、いくら拭《ふ》いても擦《こす》つてもぎらぎら浮いてゐる血あぶらの色だけは
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