かな! この部屋にゐるのはみんな貧民の子ばつかりよ!」
 保姆さんは吐きすてるやうに言ひましたが、またチラッと千恵の顔へ走らせた眼のなかには、何か憫《あわ》れむやうな微笑がありました。そしていきなり、
「あの人かはいさうに」と人さし指で自分のこめかみをトンと叩《たた》いて、「脳バイだつて噂《うわさ》もあるわ」と、思ひがけないことを言ひだしました。
 千恵は呆気《あっけ》にとられました。といふより、何か金槌《かなづち》のやうなもので脳天をガアンとやられたやうな気持でした。その千恵の表情にまたチラッと眼を走らせた保姆さんは、何を勘ちがへしたものか「可哀《かわい》さうに!」とまるで千恵をあはれみでもするやうな調子でつぶやくと、
「初めてぢや無理もないけど、でもばかに感動しちまつたものねえ。……けどね。ちよつとばかり不気味ぢやあるけど、あの人ほんとは可哀さうな人なんだわ。聞きたい、あの人のこと? 変てこな縁で、あたしあの人のことは割合よく知つてるのよ。」
 ますます意外な話の成りゆきに、千恵はすつかり固くなつて、「ええ」とも「いいえ」とも答へられず、Hさん(これがその保姆さんの名前でした)の顔
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