ところに、ぽつぽつと小さな水の垂れた痕があつて、それが右手の外陣のあたりまでずうつと続いてゐただけです。何か漏《も》るバケツでも運んでいつた跡のやうに見えました。
内陣は金色の聖障にさへぎられて、何一つ見えないのですが、なんだかほんのりした光が中にこもつてゐるやうな気がしました。そのため内陣の天井のあたりは、うつすらと薔薇《ばら》色に煙つてゐるやうに思はれました。何かしら温かい感じのあるのはそこだけで、あとはそらぞらしい一面の散光でした。金色の聖障に描きならべてある聖者たちの像までが、そんな光線のなかでは変にけばけばしい、うそ寒い感じを吹きつけてくるのでした。
「ほら、あの辺が最後まで死骸《しがい》が残つてゐた場所なのよ」と、Hさんは外陣の一角を指さして見せました。それは例のバケツの水みたいな痕が行つてゐる先のところでした。質素な木の長|椅子《いす》が五六脚つみ重ねてあるだけで、もちろん何一つ目につくやうなものはありませんでした。
さうです、それは初めから分りきつてゐたことなのです。千恵がばかだつただけの話なのです。
「古島さんがゐると、内陣の中が見せてもらへるんだけどねえ」
と、Hさんがちよつと言訳めいた調子で言ひました、――「あいにくと今日はどこかへ出かけたらしいわ。いつもなら今じぶんあの部屋で勉強してゐるんだけれど。……内陣には色んな立派な宝物があるのよ。……」
さう言はれてみれば、さつき潜り戸から暗い廊下へはいつた時、とつつきの物置めいた小部屋の戸をHさんは軽く叩《たた》いて、返事がないので中を覗《のぞ》きこんだりしましたが、あれはつまりあの青年をさがしてゐたものと見えます。すると結局、さつきHさんが「見せたいもの」と言つたのは、その宝物のことだつたといふわけになります。「なあんだ!」と千恵は思ひ当つて、あやふく笑ひだしさうになりました。やつぱりHさんはHさんだつたので、とんだ取越し苦労が千恵はわれながらをかしかつたのです。
内陣があかないとなれば、そのまま引返すよりほかありません。また暗い廊下を通つて外へ出ようとした時、Hさんはまた例の小部屋のドアを開けてみました。千恵もふとした好奇心で、Hさんのあとから覗《のぞ》きこみました。中は相変らず空《から》つぽでした。
「出かけたんだわ、一張羅《いっちょうら》の上衣《うわぎ》がないもの」とHさんは呟《つ
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