……
ワーリャ (哀願するように)伯父さん!
アーニャ 伯父さま、また!
トロフィーモフ あなたは、黄玉を空《から》クッションで真ん中へ、のほうがいいですよ。
ガーエフ 黙るよ、黙っているよ。

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みんな坐って、物思いに沈む。静寂。聞えるのは、フィールスの小声のつぶやきばかり。不意にはるか遠くで、まるで天からひびいたような物音がする。それは弦《つる》の切れた音で、しだいに悲しげに消えてゆく。

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ラネーフスカヤ なんだろう、あれは?
ロパーヒン 知りませんなあ。どこか遠くの鉱山で、巻揚機《ウインチ》の綱でも切れたんでしょう。しかし、どこかよっぽど遠くですなあ。
ガーエフ もしかすると、何か鳥が舞いおりたのかも知れん……蒼《あお》サギか何かが。……
トロフィーモフ それとも、大ミミズクかな……
ラネーフスカヤ (身ぶるいして)なんだか厭な気持。(間)
フィールス あの不幸の前にも、やはりこんなことがありました。フクロウも啼《な》きたてたし、サモワールもひっきりなしに唸《うな》りましたっけ。
ガー
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