お人というものは! (何やらぶつぶつ言うが、聞きとれない)一生が過ぎてしまった、まるで生きた覚えがないくらいだ。……(横になる)どれ、ひとつ横になるか。……ええ、なんてざまだ、精も根もありゃしねえ、もぬけのからだ。……ええ、この……出来そこねえめが! ……(横になったまま、身じろぎもしない)

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はるか遠くで、まるで天から響いたような物音がする。それは弦《つる》の切れた音で、しだいに悲しげに消えてゆく。ふたたび静寂。そして遠く庭のほうで、木に斧を打ちこむ音だけがきこえる。
[#ここで字下げ終わり]

[#地から2字上げ]――幕――



底本:「桜の園・三人姉妹」新潮文庫、新潮社
   1967(昭和42)年8月30日発行
   1990(平成2)年8月20日47刷改版
   2000(平成12)年3月15日82刷発行
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、学術記号の「≪」(非常に小さい、2−67)と「≫」(非常に大きい、2−68)に代えて入力しました。
※二重ハイフンは、「=」(等号、1−65)で入力しました。
入力:大野晋
校正:鈴木厚司
2010年3
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