売は四時ちかくに終りました。……わたしたちは汽車に乗りおくれたもので、九時半まで待たにゃならなかったんです。(苦しそうに息をついて)ふうっ! すこし頭がぐらぐらする……
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ガーエフ登場。右手には買物をさげ、左手で涙をふいている。
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ラネーフスカヤ リョーニャ、どうだったの! ねえ、リョーニャ! (じりじりして、涙ぐんで)早くして、後生だから……
ガーエフ (一言も答えず、ただ片手を振る。泣きながらフィールスに)これを取ってくれ。……アンチョビイと、ケルチ([#ここから割り注]訳注 クリミア半島の東端[#ここで割り注終わり])のニシンとだ。……わたしは今日、なんにも食べなかったよ。……ああ、まったくひどい目に会った! (玉突き部屋へのドアがあいていて、球の音と、ヤーシャが「七と十八!」という声がきこえる。ガーエフの表情が変って、もう泣かずに)いやもう、へとへとだ。なあフィールス、着がえさせてくれ。(広間を抜けて自分の居間へ去る。フィールスつづく)
ピーシチク どうだったね、競売は? 話してくれよ、さあ!
ラネーフスカヤ 売れたの、桜の園は?
ロパーヒン 売れました。
ラネーフスカヤ 誰が買ったの?
ロパーヒン わたしが買いました。(間)
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ラネーフスカヤ夫人、がっくりとなる。もし肘《ひじ》かけ椅子《いす》とテーブルのそばに立っていなかったら、倒れたにちがいない。ワーリャはバンドから鍵束《かぎたば》をはずし、それを客間中央の床へ投げつけて退場。
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ロパーヒン わたしが買ったんです! ちょっと待ってください、皆さん、お願いです。わたしは頭がぼおっとしてしまって、ものが言えないんです。……(笑う)わたしたちが競売場に着いてみると、デリガーノフはもう来ていました。ガーエフさんには、たった一万五千しかないのに、あのデリガーノフはいきなり、抵当額の上に三万と吹っかけてきました。こいつはいかんと思って、わたしはやつを向うにまわして、四万と打って出た。向うは四万五千とくる。そこでこっちは五万五千。つまり、やつは五千ずつ上げてくるのに、わたしは一万ずつ上げて行った。……やがて、ケリがついた。抵当額
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