アーニャ これで安心だわ。ヤロスラーヴリへなんか、わたし行きたくない。あのおばあさま、嫌《きら》いなんだもの。でも、とにかくホッとしたわ。ありがとう、伯父さま。(腰かける)
ワーリャ もう寝なくっちゃ。どれ行きましょう。そうそう、あんたの留守のまに、厭なことがあったの。あの古いほうの下《しも》部屋には、あんたも知ってのとおり、古手の召使ばかりいるでしょう、――エフィーミュシカだの、ポーリャだの、エフスチーグネイだの、カールプだのって。あの連中、どこかの浮浪人どもを引っぱりこんで泊めだしたのよ。わたし黙っていてやった。そこへ耳にはいったんだけど、わたしがあの連中にエンドウ豆ばかり食べさせるような、そんな噂《うわさ》を飛ばしてるの。しわん坊だから、ですってさ。……それがみんな、エフスチーグネイの仕業なの。……「よし、そんならこっちも覚悟がある」と、わたしは思ってね、エフスチーグネイを呼びつけた……(あくびをする)するとやって来たから……「なんてお前は、ええエフスチーグネイ……馬鹿《ばか》なんだい」って言ってね……(アーニャを見て)アーニチカ!……(間)寝ちまった。……(アーニャの腕をかかえて)さ、ベッドへ行きましょう。……さ、行くのよ! ……(連れて行く)わたしのいい子がおねんねだ! さ、行きましょう……(ふたり行く)

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はるか庭の彼方《かなた》で、牧夫が芦笛《あしぶえ》を吹く。トロフィーモフが舞台を通りかかり、ワーリャとアーニャを見て、立ちどまる。
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ワーリャ しッ……このひと寝てるのよ。……寝てるのよ。さあ行きましょうね、可愛い子。
アーニャ (小声で、夢見ごこちで)とてもくたびれたわ、わたし……まだ馬車の鈴の音がしてるわ。……伯父さま……いい人ね、ママも、伯父さまも……
ワーリャ 行きましょう、アーニチカ、行きましょうね……(アーニャの部屋へはいる)
トロフィーモフ (感きわまって)おお、ぼくの太陽! ぼくの青春!
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[#地から2字上げ]――幕――
[#改ページ]

     第二幕

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野外。とうに見すてられ、傾きかかった古い小さな礼拝堂がある。そのそばに井戸。もとは墓標であったとおぼしい大きな石が幾つか。古びたベンチ
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