通《サーキュレーション》([#ここから割り注]訳注 聞きかじりの外来語をもちだしたおかしみ[#ここで割り注終わり])は、そこにはないのさ。世間のうわさじゃ、ガーエフさんが職に就いたとかだ。銀行で、年に六千というんだが……。ただ、続きそうもないな、あの不精《ぶしょう》もんじゃあ……
アーニャ (ドアの口で)ママのお願いなんだけど、出かけるまでは、庭の木を伐《き》らないでくださいって。
トロフィーモフ ほんとにそうだ、君も気が利かないじゃないか。……(次の間を通って退場)
ロパーヒン ただ今、ただ今。……なんという奴《やつ》らだ、まったく。(彼につづいて退場)
アーニャ フィールスを病院へ送ったの?
ヤーシャ 今朝そう言っときましたから、送ったものと思われます。
アーニャ (広間を通って行くエピホードフに)エピホードフさん、フィールスを病院へ送ったかどうか、ちょっと調べてちょうだいな。
ヤーシャ (ムッとして)今朝エゴールに言っときましたったら。何を十ぺんも訊《き》くことがあるんです!
エピホードフ ご老体のフィールスは、結局ぼくの意見によるとですな、もう修繕が利きません。先祖代々のところへ行くんですな。僕としては、ただただ羨望《せんぼう》に堪えんですよ。(トランクを、帽子のボール箱の上へ置いて、つぶしてしまう)ほらこれだ、つまり結局。どうせそうだろうと思ってたよ。(退場)
ヤーシャ (あざけるように)二十二の不仕合せめ……
ワーニャ (ドアの向うで)フィールスを病院へ送ったの?
アーニャ 送りました。
ワーリャ なんだって、ドクトル宛《あて》の手紙を持って行かなかったんだろう?
アーニャ それじゃ、追っかけて持たせてやらなけりゃ……(退場)
ワーリャ (隣の部屋から)ヤーシャはどこ? おっ母さんがお別れに来てるって、そう言ってちょうだい。
ヤーシャ (片手を振る)ちえっ、うんざりさせやがるなあ。
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ドゥニャーシャは、ずっと荷物のまわりであくせくしていたが、今ヤーシャが一人になったのを見すまし、そばへ寄る。
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ドゥニャーシャ ちらりと一目ぐらい、見てくれたっていいじゃないの、ヤーシャ。あなたは行ってしまうのね……あたしを捨てるのね……(泣きながら、男の首にすがりつく)
ヤーシ
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